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秘密のお付き合い 後編

「さぁ、わかんねぇ」


「は?」



 つき合おうと言うからには恋愛感情があるんだと思っていたけれど、まさか『わからない』なんて答えが返ってくるとは思わなかった。



「モモ、良い匂いするし。かわいいし、キレイだし……俺のものにしたいって独占欲はあるよ?」



 話しながらまた肉食獣のような男の目をした陽に、私は思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。


 私の全てを欲しいと、そう思っているのは嫌でもわかったから。


 まさしく肉食獣の獲物になったような気分で、心臓がドクドクと大きく鳴る。


 そんな私の警戒心を解くように、陽はニカッと明るい笑顔になって続きを語った。



「でもさ、これが恋愛感情の好きなのかはよくわかんないんだよな。だからつき合ってみて確かめるってのもいいんじゃねぇ?」


「確かめる……?」


「そ。恋人になってみて、これが恋愛感情かどうか確かめるってこと」



 人なつっこいいつもの陽の笑みに、まんまと警戒心を解いてしまった私はその提案が悪くないものに思えた。


 実際、私自身も陽を異性として好きなのかちゃんとわかっていなかったから。


 義弟として、家族としては好きだと思う。


 危険な陽も知って、まだ戸惑いはあるけれどやっぱり嫌いだとは思えないし。



 でも、これが恋愛感情なのかどうかは私もわからなかった。



「義姉弟ってところを気にするなら、ひとまずは周りにはヒミツでってことでもいいからさ。……つき合わない?」


「……うん、いいよ」



 とりあえずは周りにヒミツで、この感情が恋愛感情なのか確かめるためのおつき合い。


 私自身、陽への気持ちがなんなのか気になっていることもあったから、少しだけ迷って陽の提案を受け入れた。



「良かった。……じゃあ、仕切り直して」


「へ?」



 頷いた私にニコッと笑った陽は、一度離れた顔をまた近づけてくる。


 今度はさっきみたいにゆっくりではなくて、スッと自然な仕草だったから目を閉じる暇もなかった。



 チュッ



 と、軽いリップ音を鳴らして陽の唇が私のそれに触れる。


 そのまま少し離れた顔は、イタズラっ子のようなものにも、悪いコトをしようとしてる男のものにも見えた。



「私の、ファーストキス……」



 陽にならされてもいいかなって思っていたけれど、こんな不意打ちみたいにされるとは思わなかった。


 というか、さっきまでは唇へのキスなんてしなかったのに……なんで今。



「ああ、やっぱりはじめてだったんだ? 良かった、はじめてならちゃんと恋人とした方がいいもんな?」


「え? えっと、つまり……あんなことしても唇にキスしなかったのは恋人じゃなかったからってこと?」



 さっきまであった疑問の答えみたいだったから確認してみると、「そ」と軽く肯定された。



「女の子にとってファーストキスはやっぱトクベツかなーと思ってさ。あんな普通の状態じゃないときに奪われたくないだろ?」


「それは……まあ」



 確かにファーストキスをまともじゃない状態の時に流れで奪われるよりはいいんだけれど……。


 でも、今のだって不意打ちなんじゃあ……。


 なんだか納得いかない心持ちでいると、また陽の顔が近付いてきた。



「ん? は、陽?」


「ん?」



 思わず止めるように陽の肩を軽く押す。



「なんでまた近づいて……?」


「そりゃあ、キスするためだろ? 仕切り直しって言ったじゃん」


「え? いやだって、さっきしたんじゃ……」



 仕切り直しって言って、さっき唇奪ったんじゃないの?



「さっきって……あれで俺が満足すると思ってんの? ホント、モモってかわいいなぁ」



 私のことをかわいいと言いながら見下ろす目は、甘さよりも獲物をいたぶる肉食獣の目に見えた。


 ゾクリと背筋が冷たくなるような目。


 でも、何故か目が離せない。



「口開いて、舌出せよ」


「あ……」



いつもの陽とは違う、昏い目をした危険な男の顔。


怖いのに、やっぱり嫌ではなくて。



「ん、いい子。モモの唇、美味しそう……」


「あ、んぅ」



 私の声を塞ぐ唇は、危険さとは裏腹に優しくて……。



「萌々香……」



 私を求めるように名前を呼ぶ陽は、やっぱりかわいい陽でもあって……。



「は、るぅ……」



 かわいさと危険さ、両方を内包する陽という沼に、どんどん沈められていきそうになる。


 ううん、もしかしたら……もうとっくにハマッていたのかもしれない。


 陽の薔薇の香りをはじめて感じた時から。


 陽の香りに包まれて、深くなるキスに翻弄されて……私はもう陽からは逃げられないんだと思った。



***



「で? そういえばどうしてウィッグつけてるんだ?」



 ついさっきまで濃厚なキスをしていたとは思えないほどいつも通りの陽は、帰り支度をしながら普通に聞いてきた。


 家には友達と遊びに行って、二人とも遅くなると連絡しておいてくれたらしい。


 でも流石に遅くなりすぎるとマズいからってキスより先には行かなかった。


 いや、その前にはそれ以上のことされてたんだけどね。


 思い出して急激に体温が上がりそうになった私は、軽く頭を振って記憶を振り払った。



「モモ?」


「あ、えっと、ウィッグつけている理由ね」



 慌てて質問されたことに意識を戻す。


 まだ話すつもりはなかったけれど、もうストロベリーブロンドの髪は見られちゃったんだから説明するしかないだろう。


 私は黒髪のウィッグをつけながら、簡単に幼い頃のことを話した。



「この髪珍しいでしょ? そのせいか小さい頃人さらいに遭いかけてね」


「だから隠してるってワケ?」


「うん。陽とお養母さんにはいずれ話そうと思ってたんだけど……」


「ふーん……」



 素っ気なく相槌を打った陽は、そのまま何かを考えるように黙ってしまった。


 でも、準備を終えて部屋を出ようとしたとき、頭を軽くポンと叩かれる。



「……ま、とにかく外ではウィッグ外さないようにするのは俺も賛成」


「え? あ、うん」



 とりあえず理解を示してくれて良かったと思う。


 変に言いふらされたら困るからね。


 ただ、黙り込んでいた間なにを考えていたのかとか、どうしてそんなに真剣な顔で言うのかが少し疑問だったけれど。



 部屋を出た私は、ここって結構立派なホテルなんだなと見回しながら思った。


 南香街の立ち入り禁止区域だっていうのに、こんなしっかりとしたホテルがあるなんて。



「……あれ?」



 キョロキョロとホテル内を見ていた私は、ふと既視感を覚える。


 どうしてかこのホテルに見覚えがあった。


 こんなところ、来たことなんてないよね?


 疑問に首を傾げながら、私は陽について行って南香街を後にした。

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