沼のような眠りから、ゆっくりと浮上するように目が覚めた。
うっすらと目を開けると、見えたのは知らない天井。
しばらくぼんやりとしながら、何があったんだっけ? と考えた。
「……っ!」
思い出して、一気に顔に熱が集まる。
わ、私ってばなんてことを!?
通常の状態じゃなかったとはいえ、恥ずかしげもなく陽にすがりついてものすごいことをした気がする。
陽に色んなところを触られて……。
「っっっ!!」
陽にどういう顔で会えば良いの!?
いっそ夢だったら良いのにと思うけれど、体はしっかり触れられたところを覚えていた。
そ、それになんだか色々すごいことを言われたような……?
私を自分のにするって決めてたとか、私をメチャクチャに可愛くしたいとか。
「っ~~~!」
あまりの恥ずかしさに掛けられていたシーツを頭からかぶる。
夢だ!
幻聴だ!
あのかわいい陽がそんなこと考えてたとか。
ないないあり得ない!
って、思うけれど……。
「……でも陽、いつもと違ってた」
明るくて爽やかな、かわいい陽じゃなかった。
暗い目をして、昏い笑みを浮かべて……。
やっぱり、キケンな雰囲気の陽の方が本性ってことなのかな?
シーツの中でしばらく考えていたけれど、どっちが本当の陽なのかなんて分かるわけがなかった。
考えても仕方ない。
とりあえず南香街から出て帰らないと、と考え直しシーツから出て上半身を起こしたときだった。
「え、あれ? 髪がっ!?」
起き上がり、サラリと流れ落ちたのは桃色の髪。
ウィッグの黒ではなかった。
「いつ取れたの? そんな、まさか陽に見られた?」
陽にはいつか話そうとは思っていたけれど、信頼出来るまでは秘密にしておきたかった。
明るい陽とキケンな陽。どちらが本当の陽なのかも分からない状態じゃあ信頼して良いのかも分からない。
不良達から助けてくれたし、最後まではしないという言葉通り触れるだけだった。
そういう意味では信頼出来るけれど、ずっと隠してきた髪の色を知られても大丈夫なのかはまた別の話で……。
どうしよう、と焦りを募らせているとドアの開く音がした。
ガチャッ
「っ!」
「ん? モモ、起きたんだ?」
入ってきた陽は意識を失う前の姿のまま。
ジャケットを脱いだ状態で、首元もまだ緩められていた。
こちらを見る目はいつもの明るくかわいい陽で、私は本気でどう対応すれば良いのかわからない。
「ったく、その髪本当に驚いたんだからな? ストロベリーブロンドっていうんだっけ? ウィッグで隠してるってことは地毛なんだろ?」
近づいてくる陽はいつも通り人なつっこく私に質問してくる。
「俺のは染めてるからさ……天然のブロンドって、こんな自然な色合いしてんだ? ピンクローズみたいで、キレイだな」
ニコニコとベッドの側まで来た陽は、突然スッと妖しさを纏った笑みを浮かべる。
「本当に感謝してくれよ? かわいくて、キレイで。本気で理性ぶっ飛びそうになったんだから」
「え?」
突然の変わりように驚いていると、肩を押され起き上がっていた上半身をベッドに戻された。
気づいたときには、意識を失う前に見た光景と同じものが見える。
「最後までしないなんて、言わなきゃ良かったって後悔したよ」
「っ!」
押し倒されたことで、目の前には陽しか見えない。
影になった陽のキレイな顔は、妖艶な雰囲気もあって危険さをはらんでいた。
「モモさえよければさ、このままシない?」
「ぅえ!?」
驚き、ダメに決まってる!って思う。
でも、ドキドキと早まる鼓動がすぐに拒否の言葉を発してくれない。
近づいてくるキレイな顔が、だんだん真剣さを帯びてきて……。
怖いくらいのその表情に、拒絶の言葉は伝えられなかった。
吐息がかかるくらい近づいた顔に、キスされるんだと思った私は自然と目を閉じてしまう。
さっき、私の体をたくさん触ってきた陽だけれど、唇へのキスはしてこなかった。
唇以外にはたくさんしてきたのに。
どうしてかなって思ってたけれど、今はキスしようとしてる。
それがなんだか、求められているような気がして……。
私が欲しいんだって言われてるような気がして……。
だから、受け入れるつもりで陽の唇が触れるのを待っていた――のだけど。
がぶっ
「いたっ!」
は、鼻? 鼻噛まれた!?
「ったく、抵抗しろよ。ホントに抱くぞ?」
「そ、それは……」
実は抱かれてもいいと思ったなんて言えず言葉に詰まる。
かわいい陽も危険な陽も、どっちも嫌いじゃなくて……本気で求めてくれてるってことだけはわかったから、いいかなって。
……って、私結構とんでもないこと思ってた?
陽は義弟なのに、体の関係を持つとか!
今更ながら悪いことをしようとしていた気持ちになって、焦りとか羞恥がぐるぐると混ざり合う。
きっと色々なことがありすぎて理性が働かなかったからだよね。
そうそう、冷静になればちゃんとダメだって断れるはず。
何とか強引に理性を働かせて落ち着きを取り戻そうとしていたのに、陽はまた私の心をかき乱すようなことを口にした。
「モモがしたいって思ってくれねーと意味ないの。俺に溺れて、溶けきったかわいいモモが見たいんだからな」
「なっ!?」
あまりに恥ずかしいことを言うものだから、私は金魚のように口をパクパクすることしか出来ない。
言葉が出ない私に、陽は「だからさ」と一つ提案してきた。
「俺たち、つき合わない?」
「……へ?」
つき合うって、どこに?
あ、男女のお付き合いってこと?
すぐに浮かんだ疑問にはさすがに自分で答えを見つける。
「でも、義理とはいえ姉弟なのに……」
良くないんじゃあ……と答えた私に、陽は一瞬キョトンとしてからフッと小さく笑う。
「つき合えないとかじゃなくて、義姉弟は良くないって返しになるんだ?」
「え?」
「それってつまり、俺と恋人同士になること自体は嫌じゃないってことなんだよな?」
「あ……っ!」
指摘されて、陽の言う通りだってことに気づく。
これじゃあほとんどOKしてるようなものじゃない!?
カァ、と赤くなる私を陽はからかうようなニヤニヤ笑いで見てくるから尚更恥ずかしくなる。
恥ずかしすぎて、なんだか悔しくなった私は逆に陽へ質問した。
「は、陽こそどうなの? 義姉弟なのにそんな簡単につき合うとか……大体にして、陽は私のこと好きなの?」
つき合うという単語につい振り回されちゃったけれど、まずは好きかどうかだろう。
まあ、嫌われてはいないと思うけれど。