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惑わす香り①

 香りに導かれるように入ってしまった南香街の禁止区域は、予想していたものとは違っていた。


 もっと荒れ果てているのかと思っていたのに、人がいないということ以外はちゃんと整備された普通の街だ。


 人影は見えないけれど、生活している人がいるのか電気がついている建物もあるし出入り口も荒れていない。


 逆にどうして禁止区域になっているのか疑問になるところだ。



 気にはなるけど……それよりも陽はどこに行ったんだろう?



 人も見当たらないから誰かに聞くことも出来ない。


 中に入ってしまったら陽の薔薇の香りも霧散してしまって、香りをたどるということも出来なかった。


 仕方ないので周りを見ながら恐る恐る足を進める。


 すると静まりかえった街中に突然ガンッと壁を蹴るような音が響いた。



「んだよ! 何で連絡つかねぇんだよ!」


「せっかく手に入ったってのに、女調達出来なきゃ意味ねーじゃん」



 聞き覚えのある声にそちらを見ると、近くのホテルのような建物から私と同じ高校の制服を着た男子が三人ほど出てくるところだった。



 あいつらって、加藤くんの悪友の……。


 なんで、こんなところに? と思うと同時に引っかかりを覚える。



 Nで操られていた加藤くん。


 彼らに何かの香水を嗅がされてから言いなりになったと言っていた。


 そして、Nが作られているという噂のある南香街の禁止区域にこいつらがいるってことは……。


 嫌な予感しかしなくて、逃げた方がいいって思った。


 でも――。



「ん? なんで同じ学校の女がこんなとこにいるんだ?」



 他に人もいなくて、開けている道では隠れられそうな場所もなくて。


 気づかれる前に逃げることは出来なかった。



「てかあれ、隣のクラスの地味女じゃねぇ?」


「っ!」


「ああ、なんか人気者の編入生の義姉だっけ?」


「そうそう。そういえば久斗ともたまに一緒にいるよな?」



 話しながら近づいてくる彼らから逃げないとって思う。


 でも、逃げたら変に刺激してしまうんじゃないかと思うと走り出すことが出来ない。


 少しずつ後退りはしたけれど、それで距離を取るなんてことは無理な話だった。



「まさか、調達した女がこいつってことはねぇよなぁ?」


「流石にねぇだろ。何のために久斗にN使ったと思ってんだよ。イイ女引っかけてもらうためだろ?」


「っ⁉」



 やっぱり、加藤くんをあんな風にしたのは……。


 疑惑が確信に変わり、本気で逃げなきゃって思った。


 こいつらに少しでも関わっちゃダメだ。


 すぐにきびすを返して走り去ろうと彼らに背を向ける。


 けれど、健太と呼ばれていた男子が私の腕を掴んで引き留めた。



「おいおい、どこ行くんだよ」


「は、離して!」



 振りほどこうするけれど、男の力にはまったく敵わなくてびくともしない。



「まあ待てって。せっかくだから楽しもうぜ?」


「えー? 健太、お前こんな女好みだっけ?」



 ニヤニヤと笑う彼らは私のことをオモチャか何かくらいにしか思っていないみたい。


 私が逃げようと必死なのを面白そうに笑って見てる。



「好みじゃねぇけどさ、実験台にするには丁度いいんじゃねぇ?」


「実験台?」


「そ……こ・れ・の」



 私を掴んでいるのとは別の手で、ズボンのポケットから何かの小瓶を取り出し軽く振っている。


 何、それ?


 まさか、加藤くんにも使ったっていうN?


 でも、実験台って……。



「久斗使えねぇしさ、今から女調達すんのもメンドーだろ? どれくらい効くかこいつで実験してみようぜ」


「ああ、それもそうだな」


「ま、スタイルはそこそこ良さそうだしいいんじゃねぇ?」



 話しながら他の不良たちも私を囲むように近づいてくる。



「や、やだ。離して!」



 小瓶の中身がなんなのか分からないけれど、Nを使うような人たちが実験しようなんていうシロモノだ。


 ろくなものじゃないに決まってる。


 必死に掴まれている手を外そうとするけれど、そうすると逆にもっと強くつかまれた。



「いたっ」


「暴れんなって。心配しなくてもすげぇ効くらしいから、嫌だとか考えてる余裕もなくなるって」



 健太は楽しげに話しながら小瓶を他の不良に渡すと、しっかり私の両腕をつかんで後ろ手に拘束した。



「や、やだ……」



 いよいよ身動きが取れなくなって、助かろうとあがくよりも恐怖が勝る。


 それでも逃げ出さなきゃと思うのに、身体が小刻みに震えて思うように動けない。



「あーあー震えちゃってかわいそうに。怖くねぇ様にしっかり嗅がせてやるからよ」



 すぐそばで小瓶の中身を布に染みこませている男が哀れむような言葉を口にする。


 でもその表情は嘲るような笑みで、哀れみなんて欠片も抱いていないのは明らかだった。


 叫んでも助けてくれる人はいない。


 でも、自分一人じゃあどうにも出来なくて……。



 ――陽!



 脳裏に浮かぶのは私が追いかけてきた人物。


 この街にいるはずの、かわいくてカッコイイ私の義弟。


 どうしてこんなところに来たのかは知らないけれど、私を助けてくれそうなのは陽しかいなかった。



「助けてっ! は――んぅっ」



 この街にいたとしても陽に声が届くとは限らない。


 それでも最後のあがきとばかりに声を上げた途端鼻と口に布が当てられた。

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