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N③

 ――南香街。


 このみすず市にある繁華街の名前。


 元は大きな研究施設を中心に栄えた街だったと聞いたことがあるけれど、今ではその付近は封鎖されてしまっている。



 そして、そういう封鎖された場所は不良とかガラの悪い人たちに色々と都合が良いらしい。


 いつの間にか悪そうな人たちが集まるようになって、南香街そのものも安全な街とは言えなくなっていた。



 そんな危険な街だけれど、逆にスリルがあるとかで出入りする学生もいる。


 ブランド店や、有名な店もあるからなおさら異様な憧れとなってしまってるのかもしれない。


 加藤くんも悪友に連れて来られて、南香街の危険な魅力に取り付かれてしまったのかな?


 だとしても、景子という彼女がいるのに他の女の子と親しくするのはどうかと思う。



「……尾行、バレてないかな?」


「多分、大丈夫」



 悪友と一緒に街へ向かった久斗くんを追って、私と景子は南香街に足を踏み入れた。


 つけているのがバレないようにと身を潜めながら進んでいるけど……。


 これ、端から見てたら絶対怪しいよねって思う。


 でもまあ加藤くんたちにバレなきゃいいんだし、今は周りの目は気にしないでおこう。


 そう思いながら進んでいくと、街の中央にある広場へ着く。


 加藤くんと悪友たちはそこでいったん別行動を取るみたいだった。



「じゃあ俺たちは大事なモン取ってくるからよぉ、女の調達頼んだぜ?」


「わーってるよ。任せとけ」



 そうして一人になった加藤くんは、キョロキョロと何かを探し始める。



「……ねぇ、今女の調達って言ってなかった?」


「……」



 悪友たちの言葉に嫌な予感しかしない。


 聞き間違いだったらいいなと思って景子に話しかけたけれど、答えは返ってこなかった。


 見ると、ジリジリとした焦りを滲ませたような真剣な目で加藤くんを見つめている。


 浮気じゃないよね? って、願っているようにも見えて私も視線を加藤くんへ戻した。


 すると丁度何かを見つけたようで加藤くんが動き出す。


 向かった先には、別の高校の制服を着ているかわいい女子高生がいた。



 少し離れてしまって話し声が聞こえないから、私たちも移動する。


 隠れられる場所はなかったけど、それなりに人もいるから加藤くんの目に入らないように移動した。


 そして彼の声が聞こえるようになる。



「ホント、かわいいって! マジで好み!」


「っ!」



 息を呑んだのは私なのか景子なのか。


 どちらにせよ、耳に届いた加藤くんの言葉は聞きたくないものだった。



「えー? うれしー。あたしもあなたみたいな人好みなんだー」


「イイじゃん! じゃあ今日は俺と遊ばない?」



 これ、ナンパ?


 さっきの女の調達って、やっぱりそういうこと?


 どうしよう、これ、本当に浮気ってことなのかな?



「えー? どうしよっかなー?」



 ナンパされている女の子はまんざらでもない感じで、ほんのり頬を染めながら加藤くんを見てる。


 ちらっと景子を見ると、小刻みに震えているようだった。


 これ以上は見てるの辛いんじゃないかな?



「景子? もう帰――」


「な? いいだろ? 楽しもうぜ」



 景子と加藤くんを交互に見ながらもう帰ろうと提案しようとしたら、ニヤニヤ笑う加藤くんの手が女の子の肩に置かれた。



「っ! もう無理っ!」



 その瞬間、我慢できなかったのか景子は絞り出すように吐き捨て加藤くんへ突撃していく。



「あ、景子!」



 慌ててついて行くけれど、先に加藤くんの元へ行った景子は「久斗!」と叫び彼の胸ぐらをつかんだ。



「っ⁉ け、景子?」


「ちょっ、なによあんた」



 当然ながら驚く加藤くんと見知らぬ女子。


 景子は女子をキッと睨むと「私はこいつの彼女よ!」と宣言した。



「えー? なにそれー。チワゲンカとか巻き込まれるの嫌なんですけどー。……もうなえた」



 一気に冷めた様子の女子はそのまま去って行く。


 景子も文句を言いたいのは女子より加藤くんの方みたいで、去って行く彼女にはもう目を向けていなかった。



「……で? 何か言い訳ある? これで浮気してないとか嘘だよね?」



 低く震えている声は怒っているからなのか。それとも、泣きたいのを我慢しているからなのか。


 何にせよ、加藤くんを睨む目は潤んでいた。



「なんだよ、つけて来てたのか? 別に浮気じゃねぇよ。健太たちに頼まれたから女見繕ってただけだっつーの」


「な、に……それ?」


「ったく、どうしてくれんだよ。あいつらに女の調達頼まれてんのに……いや、そっか」



 悪びれもないどころか邪魔されたと不満そうだった加藤くんは、何かを思いついた顔をして胸ぐらをつかんでいる景子の腕をつかんだ。



「そうだ、イイ女いるじゃん」



 と、景子を見下ろす。


 なに、それ?


 まさか、景子をあの健太とかいうガラの悪い奴らに引き渡そうとしてるの?



「ちょっ! なに言ってるの加藤くん!」



 私は慌てて加藤くんの腕をつかんで引き留める。


 あんなに仲の良いカップルだったのに、あんな奴らに景子を売るようなことするの⁉



「景子はあなたの大事な彼女でしょ⁉」



 信じられない! と叫ぶと、また加藤くんから独特な薔薇の香りがした。


 甘さの中にスパイシーさが際立つ、あまり嗅いだことのない香り。



「邪魔すんなよ藤沼。女を調達しなきゃないんだよ。だから景子を――いや、違う……景子はダメだ」


「え?」


「あんな奴らに景子を渡すとか……あれ? あんな奴らって、健太は友達で……?」



 なぜか、急におかしなことを言い始める加藤くん。


 その表情には戸惑いが現れていて、明らかに異常と分かるように瞳孔が開いている。



「ひ、久斗? どうしたの? 大丈夫?」



 どう見てもおかしい加藤くんの様子に、景子は怒りも忘れて純粋に心配する。


 加藤くんは、そんな景子を見て視線をぐらぐらと揺らした。



「健太に、景子を……ダメだ! 絶対にダメだ! 景子は俺の大事な彼女だ。あんな奴らに渡せるかっ!」


「久斗……」



 自分の中で何かと葛藤している様な加藤くんは、心の底にある思いを吐き出すように叫んだ。


 肩で息をして少し落ち着いた様子の彼に、私は静かに声を掛ける。



「加藤くん。今の加藤くん、異常だよ? 今まで何してたか、自分で分かってる?」



 加藤くんの異常さに、一つ思い当たることがあって問いかけた。



「何って、ナンパしてて……あれ? 俺なんでそんなことしてたんだ? そうだ、健太たちに言われて……って、なんで俺あいつらの言いなりになってんだ?」



 やっぱりおかしい。


 自分が何をしていたかは分かってるのに、その理由を分かってない。


 それに『あいつらの言いなりになってる』って言葉。


 やっぱり、これは……。



「加藤くん、あの人たちの言いなりになってるのっていつから? 何かされたんじゃないの?」


「え? いつから? 何かされたって別に……あ」



 自分自身に驚愕し動揺していた加藤くんは、私の質問に何かを思い出したみたいに少し落ち着きを取り戻して話してくれる。



「そうだ、確か健太たちに良い匂いするから嗅いでみろってなんかの香水嗅がされて……あれ? そのあとどうしたんだっけ?」


「っ!」



 もしかしたらが確信に変わって息を呑む。


 まさか、本当にあったなんて……。



「景子、加藤くんを病院に連れて行かなきゃ」


「え?」


「な、なんだよ? 俺変なもの嗅がされたってことか?」



 私の言葉に二人は驚きの声を上げる。


 私は嫌な感じに早まる鼓動を抑えて、告げた。




「加藤くんが嗅がされたのは、人を意のままに操る香り――通称Nだよ」

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