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N②

 少し休んで落ち着いたのか、景子は三時間目辺りから授業を受け始めた。


 休憩時間に加藤くんと話している様子はいつも通りで、やっぱり景子が思い詰めちゃってただけなのかなと思った。


 でも、放課後……。




「久斗、今日は部活なかったよね? たまには一緒に帰らない?」



 そんな景子の提案に、加藤くんは両手をパンッと合わせて謝罪のポーズをした。



「悪い! 今日の放課後は先約があるんだ」



 途端、景子の顔から笑顔が消える。


 感情が抜け落ちた様な表情は怖いくらいで、私は少し離れた場所で二人を見ながらハラハラしていた。



「先約って、またあの友達と街に行くの?」


「ん? ああ、そうだよ。……なんだよ、まだなんか疑ってんの?」



 不満そうな加藤くんは少し声が低くなったように思う。


 そんな彼の顔からも表情が抜け落ちてしまったみたいで少し怖い。


 無表情の美男美女が向かい合っている姿は怖さも二倍以上になっている気がした。


 思わず身震いして固唾をのんでいると、景子の方がパッと笑顔に戻る。



「ううん、疑ってなんかないよ。残念だけど先約じゃあ仕方ないよね。行ってらっしゃい」


「ん? あ、ああ……」



 景子の変わりように加藤くんも戸惑いながら表情が戻る。


 申し訳なさそうに眉を下げて、もう一度「ごめんな」と謝っていた。



「今度ちゃんと埋め合わせするから。じゃあな」


「うん、また明日ね」



 ひとまずケンカすることなく話がついてホッとする。


 でも、朝はあんなに思い詰めて泣いてたのに……アッサリ送り出して良かったのかな?


 ちょっと心配で、私は片手を軽く振りながら加藤くんを見送っている景子に近づいた。



「景子、いいの? アッサリ引き下がってたけど……」


「……いいわけないでしょ?」



 声を掛けた途端ピタッと動きを止めた景子。


 口元は笑みの形を保ったままだけど目が笑っていない。


 これは、完全に怒ってる。



「悪いんだけど、萌々香。今日ちょっとこれから付き合ってくれない?」


「え?」


「久斗の後をつけて、本当のところ街でなにをしているのか確かめたいの」



 私に向き直った景子は真剣な顔だった。


 加藤くんへの怒りはあるみたいだけれど、その感情にまかせて無謀なことをしようとしているわけじゃないと分かる。



「で、でも……街って南香街のことでしょう? あんまり治安も良くないって言うし……」


「うん、分かってる。でも、確かめたいの」


「景子……」



 その真剣さに説得するための言葉を失う。


 南香街は昼間でもガラの悪い人たちが歩いてる様な場所だ。


 夜には特に行くなって言われている街。



 それに、あの街には知る人ぞ知る噂がある。


 私もたまたまネットで見つけた噂だけれど、万が一本当だったら……。



「お願い萌々香。私、久斗に怒ってはいるけれど同じくらい信じたいって思ってるんだ。だからどうしても知りたいの」



 南香街の危険さを思い起こしていると、もう一度頼まれる。


 この必死さだと、私が断っても一人で行ってしまいそうだと思った。



 ……仕方ないか。



「うん、分かった。ついてくよ」


「っ! ありがとう、萌々香」



 朝、泣きはらしている景子を見てなんとかしてあげたいと思った。


 ついて行くことで少しでも力になれるって言うなら、一緒に行ってあげたい。


 それにきっと、日のあるうちならそこまで危険はないだろうし。


 そう自分で納得していると、廊下の方から「モモ-」となじみのある声が聞こえてきた。



「あ、景子、ちょっと待ってて。陽に今日は一緒に帰れないって言っておかなきゃ」



 景子に断りを入れてすぐに陽のところへ行く。



「なにしてんの? 帰る準備は?」



 鞄を持たずに来た私にコテンと首を傾げて不思議そうにする陽。


 そんな姿すらかわいくて不覚にもキュンとしてしまった。



「ごめん、今日はちょっと用事が出来ちゃったんだ。先に帰っててくれる?」


「えー? まあでも仕方ないか、そんな日もあるよな」



 不満そうに軽く唇を尖らせた陽だけれど、すぐに理解を示してくれた。



「じゃあ俺も自分の用事済ませてくるよ」


「ああ、そういえばやることがあるとか言ってたっけ?」


「ん、それ」



 昨日話していたことを思い出して聞くと頷かれる。


 一緒に帰れないこと、ちょっと申し訳ないなって思っていたから陽にも用事があるなら良かった。


 内心安堵していると、陽は少しかがんで私の耳元に顔を寄せる。



「じゃあ、今日のぎゅーは夜にな?」


「っ⁉」



 誘うように囁かれて、一気に顔に熱が集まった。


 夜に、とか。なんか……いやらしい!



「なっなっ、は、はる⁉」


「ははっ! まあそういうことで、またあとでな」



 テンパる私を見て満足げな笑みを浮かべた陽は、ひらひらと手を振りながら先に帰って行った。

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