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N①

 翌朝、いつものように陽と学校へ向かい教室前で別れる。


 そのままいつものように本でも読みながら調香のレシピでも考えようかな、と思っていたら珍しく景子が先に登校していた。



「景子、おはよう。今日は早いね?」


「あ、萌々香おはよう」



 挨拶を返してくれた景子は明らかに元気がない。


 憂い顔のクール系美女の姿はドキッとしちゃうくらい綺麗だけれど、親友としては捨て置けない。



「景子、どうしたの? 元気ないけど……」


「うん……」



 私の問いかけに頷きつつも、景子は迷うように視線を下に向ける。


 でも、ゆっくり顔を上げた景子は申し訳なさそうに私を見た。


 その目はすがっているようにも見える。



「ごめん。私と久斗の問題だし、ただの考えすぎの可能性もあるから迷ってたんだけど……でも一人じゃあ消化できそうにないんだ。相談に乗ってくれる?」


「もちろんだよ。悩みがあったら聞くって昨日も言ったでしょ?」



 親友の願いに、私は躊躇うことなく頷いた。


***


 教室じゃあちょっと、ということで朝はあまり人が来ない廊下の隅へと移動する。


 スマホを握りしめるように持ち、景子は一度深く息を吐いて話してくれた。



「久斗ね……もしかしたら浮気してるかもしれない」


「え⁉」



 あまりにも予想外のことを言われて思わず大きな声を出してしまう。


 人が少ないと言っても全くいないわけじゃないから、私は慌てて声を押さえた。



「え? どうして? 確かに付き合いたてのラブラブ感はなくなったけど、それでも仲良いよね?」



 登下校は加藤くんがサッカー部もあるから一緒にはしていないみたいだけれど、それでも予定が合えばデートしたり、学校でも休憩時間とか一緒にいることは多い。


 それなのに浮気とか……。



「仲は良いよ? でもね、最近予定も合わなくなって……それに昨日の夜電話しようと思ったら出なくてさ、遅くにこんなメッセージと写真が届いたの」



 そうして見せてくれたメッセージアプリの画面には『悪い、健太けんた達と街行ってて気づかなかった』という文面と、その証拠である写真が表示されていた。


 写真は夜の街を背景に、加藤くんと例のガラの悪い人たちの姿。


 そして、別の高校の制服を着ている知らない派手目な女子が加藤くんにくっついているところ。



「っ! これ……」



 この写真だけで浮気だとは断言できない。


 でも、彼女である景子にこんな写真を送るなんて。



「こんな写真平気で送ってくるってことはむしろ何の気もなくて、たまたま一緒に遊んだだけの子って可能性の方が高いかもしれないとは思うんだ」



 声を震わせながら話す景子は、今にも泣きそうな顔で「でも」と続ける。



「最近予定合わないのも多分こうして悪い友達と遊んでるからみたいだし……いつもこんな風に知らない女の子と一緒なのかなって思ったら……うっ、ひっく」



 最後はこらえきれなくて泣き始めてしまた。


 クール美人で、その見た目に似合わないからってあまり人前で泣かないようにしてる景子。


 そんな景子が私の前だけとはいえ学校で泣いちゃうなんて……それだけでかなり辛いんだって分かる。


 景子の涙を見ているだけで、私まで胸がギュッとしてきた。



「ね、ちゃんと確認してみたの? その女の子は誰?って」



 辛いだろうけれど、こればっかりは本人に確認してみないことにはハッキリしない。



「うん……すぐに電話で聞いたよ。……一緒に写ってる女の子は誰って。そしたら……っ」



 嗚咽混じりに、絞り出すように景子は告げる。



「たまたま知り合った友達だって……そのあとすぐに低い声になって、『浮気疑ってんの?』って……久斗、私にあんな怖い声で話したことなかったのに……」



 ぽろぽろと、景子の涙は止まらない。


 その涙の分だけ私も苦しくなってくる。


 なんとかしてあげたい。


 でも、私が加藤くんに突撃しても悪化させるだけになりそうだし……。



「もしかしたら本当に浮気してて、バレそうだと思ってあんな怖い声したのかなって……うっふぅうっ……」



 そのまま景子はひたすら泣いて、もうまともに話せないみたいだった。


 私も、どうすれば良いのか分からなくて……とりあえず、このまま授業は受けられそうにない景子を保健室に連れて行くことしか出来なかった。


***


 景子に遅れて登校してきた加藤くんは、いつも通りの様子で「あれ? 景子は?」と私へ聞きに来た。


 彼が本当に浮気しているのかも分からない以上、景子が泣いていたことを話すとこじれそうだなと思って、私は「気分が悪いみたいで保健室で休んでる」とだけ伝えた。



「そっか、心配だな……後で様子見に行ってみるよ」


「あ、加藤くん」


「ん? なに?」



 思わず引き留めたけれど、私は彼になにを聞きたいんだろう。



 景子を裏切ってないよね?



 一番聞きたいのはそれだけれど、いつもと変わらない様子の加藤くんはちゃんと景子を気遣っているように見える。


 そんな、はなから疑っているような質問は出来なかった。



「あ、ごめん。何でもない」



 笑って誤魔化して、聞きたかった質問は呑み込んだ。


 もう少しだけ様子を見よう。


 もしかしたら景子の考えすぎで、浮気なんて全くしてないかもしれないし。


 そうだとしたら第三者の私が出しゃばったら変にこじれちゃう。



「そ? じゃあ、俺朝の準備あるから」


「うん」



 そうして加藤くんが私のそばから離れていったとき、ふわっと独特な香りがした。



 あれ? この香り……。



 甘さの中に、スパイシーさが際立つ独特な薔薇の香り。


 あまり嗅いだことのない香りに、私はなぜか胸騒ぎがした。

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