家について、ガチャッとドアを開けようとしたら鍵がかかっていた。
「あれ? お義母さん今日出社だったっけ?」
会社員であるお義母さんは基本リモートで済ませるらしいんだけど、週に何日かは出社しなきゃならないんだって。
今日は出社の日って言ってたっけ?
陽なら聞いてるのかと思って問いかけたけれど、彼は黙々と鍵を取り出して「さあ、知らない」と素っ気なく答えるだけ。
実の母子なのに、陽とお義母さんってなんだかよそよそしいんだよね。
……ちょっと遅いけど、反抗期なのかな?
「まあでもいないなら……モモ、ちょっと」
「え? 何――っ⁉」
鍵を開けて中に入り、靴をぬいだところで呼ばれた。
呼ばれて振り返った途端、陽の両腕に包まれる。
「学校ではくっつかないでってさっき言ってたよな? それって家でなら良いってことだろ?」
「な、な、な!」
い、良いとは言ってない!
悲鳴の様な声を上げたかったけれど、見た目よりもたくましい腕と薔薇の香りに包まれてまた心臓が壊れそうなほどドキドキしてしまう。
激しい鼓動の音が口からこぼれてしまいそうで、ちゃんとした言葉を紡げなかった。
「……はぁ、やっぱ良い匂い。何だろうな? 爽やかな花の香り? でも甘さもあるみたいな?」
「ちょっ、そんなに嗅がないで」
抱きしめられているだけでも恥ずかしいのに、匂いを嗅がれるとかもっと恥ずかしい。
いくら誰も見ていないからって、これ以上は私が無理だ。
「ホント、もう離して?」
軽く陽の胸を押しながらお願いする。
けれど、陽は「もうちょっと」と甘えるように言って私の背中を撫でた。
「ひゃっ! ちょと、ダメだってば!」
「……モモ、感度いいんだ?」
「へ?」
くすぐったいようなぞわぞわした感覚に驚いて、陽の小さな呟きは聞こえなかった。
なんて言ったの? と聞こうとしたけれど、陽はパッと私を離す。
「ん、今日はこれくらいにしとく」
「今日はって。学校でももちろんダメだけど、家では良いなんて言ってないからね?」
「えー? でも俺、最低でも一日一回はモモにぎゅうーってしたいんだけどなー?」
「うぐっ」
かわいい。
形の良い眉がハの字になり、黒い目は寂しそうに少し潤んでる。
そのまま小首を傾げた様子はまるでワンちゃんがクゥ~ンと鳴いているようにも見えて……。
「陽、その顔ずるい……」
「何がずるいんだ? 俺、一日一回だけモモにぎゅーしたいって言ってるだけだぜ? ちゃんと家でだけにするからさ」
冷静に考えれば十七歳の男子が恋人でもない同級生にぎゅーしたいなんて、口にすること自体おかしいってわかる。
わかるんだけど、陽のかわいさを前にすると……。
「な? いいだろ?」
「くっ……わかっ、た」
なぜか拒否出来なくなっちゃうんだよね。
ううぅ……一応私の方が姉なのに、いっつも負けちゃうよ。
「よっしゃ! 良いって聞いたからな!」
「ひゃっ⁉」
私が渋々頷くと、陽が喜びのままにまた抱きついてきた。
「い、一日一回じゃなかったの⁉」
「これは喜びのハグだからいーの」
今度はすぐに離してくれたけれど、全く悪びれない陽に「もう!」と怒りたくなる。
でも嬉しそうで太陽みたいな陽の笑顔を見ると怒れないんだよね。
私、陽に甘いんだろうなぁ……。
結局強く出られない私は諦めるしかなかった。