「モーモ! 帰ろうぜ」
放課後、みんなが帰る準備をしている教室に陽の明るい声が響く。
騒がしいのに、陽の声はよく通るのか廊下から窓際までしっかり聞こえた。
うう……目立ちたくないのに。
みんなの視線を感じていたたまれない気持ちになる。
でも、はじめの頃よりはマシになったよね。
女子の間ではカッコイイ、笑顔がカワイイと。男子からも気の良いやつって感じで好感度上がりっぱなしの陽は、編入初日から人気者だ。
そんな注目度急上昇の彼がどこからどう見ても地味としか言えない私に気安く話しかけたら何事⁉ って思われるのも当然だった。
まあ、親の再婚で義姉弟になっただけだって説明したら落ち着いたけど。
だとしても、私と陽が並んだときのアンバランス感は相当なものなんだろうな。
いまだに似合わないって感じの目で見られることもあるし。
「モモー、まだー?」
「あ、ごめん。今行く」
周りの目を気にしてたら準備する手が止まってた。
私は急いで準備を終わらせて、陽のところへ行く。
「じゃ、帰ろっか」
「うん」
家が同じだから一緒に帰る、というわけでなければまるで恋人同士のようなやりとりになんだかちょっとドキドキしてしまう。
多分、私は目立つのが嫌なだけで陽と一緒に帰れるのは嫌じゃないんだ。
懐いてくれることもあって、私も陽に好意は持ってる。
ただ、これが家族としての好意なのか、それとも別の好意なのかは分からないけど。
「陽、まーた“姉ちゃん”と帰るのかよ? そろそろサッカー部入らねぇ?」
教室から出て歩き出すと、隣のクラスから声が掛けられる。
確か朝にも陽をサッカーに誘っていた男子だ。
「入らねぇって言ったじゃん。それに――」
答えた陽は一度言葉を切って、なぜか私の肩に手を回した。
「っ⁉」
え?
「別に“大好きな姉ちゃん”と一緒に帰ったって良いだろ? 家同じなんだし」
言いながら、私を引き寄せて抱きしめる陽。
カワイイ顔をしていてもやっぱり男ってことで、細マッチョなのか抱きしめられると硬い筋肉の感触がある。
ふわっと私の好きな薔薇の香りもして、大きく心臓が跳ねた。
……ううん、跳ねるどころか爆発しそう。
「きゃー! “大好きな姉ちゃん”だって!」
「あんな風に陽くんに抱きしめられるとか、萌々香さんになりたーい!」
別の方からは女子の黄色い声が聞こえて、今度はちょっと泣きたくなった。
うう……目立ちたくないのにぃーーー!
周囲の視線からなんとか逃れて学校を出た。
いろんな意味でドキドキハラハラしてしまった私は、激しくなった鼓動を落ち着かせてから陽に話しかける。
「陽、学校ではあんまりくっつかないでって言ったよね? 目立つし、恥ずかしいよ」
これは文句を言っても良いはずだ。
止めてって前から言っていたし、陽も「わかった」って言ったはずだもん。
「あーごめん! でもさ、俺本当モモの匂い好きなんだ。ギュッてすると柔らかいし、くっつける機会があるなら逃したくないんだよな」
無邪気な笑顔で恥ずかしいことをすんなり口にする陽に、私は頭を抱えたくなった。
これ、本気で言ってる? それとも無邪気な笑顔で誤魔化そうとしてる?
まだ付き合いの浅い私にはどっちなのか分からない。
でもこんなことをしょっちゅうやられたら、周囲の目もそうだし私の心の平穏という意味でも良くない。
「だとしても、学校では本当に止めて」
これだけはハッキリ言わなくちゃと真剣な目で陽を睨み上げた。
「っ」
少し息を呑んで驚いたような顔をした陽は、そのまま眉を下げて仕方ないなって表情になる。
「わかったよ。……でも、モモもそーゆー顔で男見上げるのナシな?」
「へ?」
そーゆー顔ってどんな顔? 睨むなってこと?
「見上げるとカワイイ顔丸見えだし、怒ってる表情ですら萌えるっていうか……とにかく禁止、俺以外には」
「は? えっ? か、かわいくないよ!」
慌てて顔を下に向けて否定する。
かわいいなんて、小さい頃以外ではお父さんや景子くらいにしか言われたことない。
まさか家族とはいえ同年代の男子に言われるとは思わなかった。
「そ、それより! さっきも誘われてたけど、陽サッカー部入らないの? 加藤くんにも入らないか?って聞かれたんだけど」
照れ隠しもあって無理矢理話を変える。
でもサッカー部のことも聞いておくって言っちゃったしね。
「加藤? ああ、モモの友達の彼氏だっけ? あいつもサッカー部なんだ?……いや、でも俺本当に部活とか入る気ないから」
「ってことは別の部活でもってこと?」
「ああ……今はゆっくりしてるけど、俺他にもちょっとやることあるしさ」
「そう、なんだ……」
“やること”っていうのが何なのか。少し気になったけれど、具体的なことは言わないから言いたくないのかなと思って追求はしなかった。
それより、やっぱりサッカー部には入らないのか……。
加藤くん残念がっちゃうかな?
まあでも、そのときは景子に慰めてもらうよね? なんて思いながら私は陽と共に帰り道を歩いた。