「ジャスミンをメインにして景子の好きなライムの香りも加えたんだ。結構自信作――」
「わぁ! あれ、あのままゴールしちゃうんじゃない⁉」
すっかり和やかな雰囲気になっていつもの調子で香りのことを語ろうとしたら、すぐ近くにいるクラスメートの騒ぐ声に遮られてしまった。
何なの? とちょっと不満げに見ると、彼女たちは窓の外――校庭の方を見ていて……。
そのまま原因を探るように私も校庭に顔を向けて、見えた金の髪に目が釘付けになってしまう。
「あ、陽……」
さっき友達に誘われて外に出た陽が、丁度今サッカーボールをゴールに向かって蹴ったところだった。
ボールはディフェンスの男子をすり抜け、まっすぐゴールへと吸い込まれていく。
「わっ! あれ陽くんだよね? 運動得意だって聞いたけど、サッカーも得意なんだ?」
私と同じように陽を見ていた景子に聞かれる。
でも陽がサッカー得意なことを私も今知ったから、「そうみたいだね」としか答えられない。
「すげぇな、軸もブレてないし完璧。なあ藤沼、お前の義弟サッカー部に入らねぇ?」
少し興奮した様子の加藤くんは陽をサッカー部に勧誘してくる。
そういえば加藤くんもサッカー部だったっけ。
でも、陽サッカー部入るかなぁ?
「んー、一応聞くだけ聞いてみるよ」
「おう、頼むぜ」
私の曖昧な返事にも笑顔で返してくれた加藤くん。
そんな彼に今度は廊下の方から声がかかった。
「久斗ー」
「お? お前ら今日は早ぇんだな?」
派手な髪色ばかりの男子たち。
この学校は髪色に関してはあまり厳しくないけれど、彼らは髪だけじゃなくピアスもたくさん付けていて明らかにガラが悪い。
「悪い景子、あいつらと話があるんだ」
「うん……じゃあまた後でね」
離れていく加藤くんを見送る景子は笑顔だ。
でも、幼なじみの私には分かる。これ、絶対無理してるときの顔だ。
「景子、大丈夫? あの人たち、あんまりいいウワサ聞かないけど……」
加藤くんを呼んだガラの悪い人たちは生活態度が悪いことで有名だ。
無断で遅刻早退は当たり前、授業に出たかと思えばガムを噛んでいたり寝ていたりって状態だと聞く。
それに……。
「うん、久斗はそれほど悪い奴等じゃないって言ってるんだけど……でもあの人たち、
心配の眼差しを加藤くんがいなくなった方へ向けたまま景子は呟く。
南香街は規制のある街だ。
南の方に立ち入り禁止の区域があって、その場所が危険だからと南香街そのものも未成年は立ち入らないようにって言われている。
何が危険なのかは知らされていないけれど、多分……。
「心配だな……」
呟く景子の表情は悲しそうで、もしかしたらさっき言っていた不安なことというのは加藤くんのことなのかもしれないって思った。
「景子」
「ん? なに?」
「悩みがあったら聞くからね?」
少しでもその心配事が軽くなればと思って、気休めでしかないかもしれないけれど励ます。
そんな私の思いが伝わったのか、景子は優しい笑みで「ありがとう」と返してくれた。