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第二十話 連続殺人事件の真実(その2)

「大丈夫ですか、汐見さん。話を続けてよろしいですか?」


 一瞬、過去の世界に意識が飛んでいた私は、黒葛川幸平の声によって現実に帰ってきた。


 黒葛川幸平は、なお、事件のことを語り続ける。


「いっぺんに話したほうが良いみたいですね。長門さん殺しの犯人の動きは、こうです」


 黒葛川幸平は、説明を始めた。


 うさぎは十一月三十日、友人たちと『ファリーナ』で食事をしていたが、犯人から呼び出しを受け、一次会のみで会から離脱した。


 その後、うさぎは犯人と合流したが、しかし犯人によって意識朦朧とされてしまった。あるいはこのとき、もう殺害されてしまったかもしれない。


 とにかくうさぎはその後、巨大な冷凍庫の中に入れられて、カチカチに凍らされてしまった。そして犯人が事前に用意していたチェーンソーによって、バラバラ死体にされ、最後に顔面だけを切り取られた。


 それから犯人は、バラバラ死体をクーラーボックスなどに入れて冷やしつつ、『清瀬荘』の近くまで自動車で出向き、防犯カメラに写らない死角で、うさぎに変装した。服装はうさぎも持っているフード付きコートを着用して、そして顔面にはうさぎの顔面を布テープで貼り付け、紙袋の中にバラバラ死体を入れた。


 こうしてうさぎに化けた犯人は、覗き穴があるとはいえうまく前が見えないこともあったためか、フラフラとした足取りで『清瀬荘』に向かい、防犯カメラにわざと写って、いかにもまだうさぎが生きているように見せかけた。


 そしてうさぎの部屋に入った犯人は、室内の冷凍庫に遺体の顔面を入れながら、他の遺体は、冷蔵庫などにとりあえず入れておき、やがて時間をかけて包丁などでゆっくりとグチャグチャにして、室内にブチ撒けた。手首だけを除いて……。


「犯人が長門さんの手首を残していた理由は、手首、すなわち指紋を残しておくことで死体の身元を確実に長門うさぎだと判別させることです。犯人は死体をグチャグチャにしながらも、遺体の身元が分からなくなるようなことは避けたかった。なぜそうなるのかは、またあとで述べますが、とにかく犯人はその後、しばらく長門さんの部屋で生活を続けた。その理由は――」


 黒葛川幸平は、ちょっと考えるような顔を見せたあと、


「長門さんがこの期間も生きていると思わせることです。十二月一日から四日の間、犯人は長門さんにまたなりすまして外出し、長門うさぎのSNSに、自撮りの画像を数回、アップしています。これは犯人が長門さんのスマホと、凍りついた長門うさぎの顔面のみを使ってアップしたものでしょう。顔の画像を異様に加工しているのは、死人の顔だと見抜かれないためです。犯人は長門さんのお面をかぶっては外出し、人目につかないところでお面を外して、SNSに画像をアップしたり、生活のための食料を買ったり、そのまま仕事に出向いたりしていたのですよ。もちろん外出したときは、お面の腐敗が進まないように、コンビニで買ったロックアイスなどを使って冷やしたりして……」


 仕事。その言葉を聞いて、私はうんざりした気持ちになった。死んだうさぎのお面をかぶって外出し、そのまま仕事に出向く。そして帰宅するときにはまたうさぎの死仮面をかぶるのだ。こんな頭のおかしくなる話はない。犯人は異様だ。


「それにその頃は、やけに長門さんの部屋がうるさかったと大熊さんが証言しています。これも、わざと生活音を立てることで生きていると思わせるためでしょう」


「犯人は何日間も、グチャグチャ死体があるアパートで暮らしていたのですね」


「生きていると思わせるために、でしょうね。その間、死体の腐敗が少しでも遅れるように、部屋のクーラーを全開にしています。だから、僕らが長門さんの部屋のエアコンをつけたとき、強い冷房になっていたわけです」


「ああ……」


 私は黒葛川幸平の推理に感嘆すると同時に、なにやら哀しみが胸を支配して、激しくかぶりを振った。


「――さて、そんな生活もいよいよ限界が来ました。十二月の部屋にクーラーをかけたとはいえ、部屋の中の遺体は腐敗を始め、異臭が強くなってきました。冷凍することでもっていた長門さんの顔面も、崩れ始めてきたことでしょう。犯人自身も、あまりに寒い部屋の中で、死体と暮らすことに耐えられなくなってきたのではないか。


 そこで犯人は長門さんの部屋を出ていこうとしましたが、最後にダメ押しをしたのです。隣人の大熊さんに姿を見せることです。犯人は冷凍庫に保管していた長門うさぎの顔面を再び顔に布テープで貼り付け、フード付きコートを着ました。そして大熊勇さんが外出すると分かったときに外に出たのです。そうすることで、長門うさぎの生存を強く印象付けることが可能となったのです。


 しかし汐見さんがおっしゃったように、いくらなんでも死体の顔を見れば、異様さに気が付いてしまう。そこで犯人は、前髪を下ろして死体の目を見えにくくしたうえ、フード付きコートの胸元に巨大なダイヤモンドのようなネックレスをぶら下げていたのです。あれは百円ショップで売られていた玩具なのですが、それでも、そんなものを下げていれば大熊さんの目は嫌でも顔ではなく胸元にいく。ただでさえ薄暗い『清瀬荘』の廊下ですからね。それでごまかすことができたわけです。――これは先日、『清瀬荘』の掃除をしていた清瀬さんの服に、大きなシミがついていたことから思いついた推理ですがね」


 確かに、服に大きなシミがついていたり、巨大なネックレスをつけていたりすれば、人間の目はどうしても、そちらにいってしまう。薄暗い廊下で、一瞬すれ違うだけならば、それでごまかしも利くだろう。声をかけられても無視をすればいいだけだ。


「その後、犯人は現場から逃走した。このときの紙袋の中身は、犯人が生活の過程で発生したゴミでしょうね。人間一人が暮らしていれば、どうしたってゴミは出ますから。そして犯人は長門さんの顔面の一部をグチャグチャにしてビニール袋に入れ、ご丁寧に粘土と混ぜて固めた上で、切手を貼り付け普通郵便でポストに投函し、長門さんのアパートに送った。それも郵送ポストをあらかじめ防いだ上で……。


 こうすることで、遺体がドア一枚を挟んで、外と中に分かれて存在するという異様な状況を作り上げることが可能となったのです。粘土を使った理由は、グチャグチャのままで、内容が想像もつかないものだと郵便局がチェックしてしまいますからね。粘土と混ぜて固めてビニールに入れ、複数に分けて発送したのは、そういう理由があったのです。


 理由はもちろん、捜査陣を混乱させるため、そしてテレビやネットで激しい話題になることを望んだからでしょう。これも後述しますが、犯人は長門さん殺しを全国的な話題にすることを望んでいるのです。このような猟奇殺人になった理由のひとつは、その犯人心理にあります。――もっとも、郵便で送られた遺体の中には、目玉や歯がなかった。あれを入れておけば、一発でお面のトリックがバレてしまいますからね。犯人は、目や歯など、顔だと分かる部分だけは、別に処分したわけです」


 悪夢そのもののような事件の光景だった。

 人間の身体を、どこまでも、道具にしか使用していない犯人がおぞましい。


「しかし封筒のほうには布テープの破片が残ってしまった。あれは長門さんの顔をお面として使ったときに、貼り付けた布テープの破片が、どうしても少し残ってしまったのでしょう」


「黒葛川先生。犯人はどうして、死体をそこまでグチャグチャにしなければならなかったのでしょうか。うさぎのことが、そんなに憎かったんでしょうか」


「それもあるかもしれません。しかしもっと強い理由は、まず死亡推定時刻をごまかすこと。あれほど遺体を損壊させればいつごろ亡くなったか、調べるのは容易ではありませんからね。次にお面のトリックをごまかすこと。グチャグチャにすれば、どれが顔の肉で、どれが身体の肉か分かりにくくなりますからね。そして最後に、……犯人は長門さんのアパートで数日間、暮らしていたわけですが、その痕跡を消す意味もあったのではないかと思います。退去する直前に、部屋をある程度掃除した上で、グチャグチャ死体を部屋中に、天井や壁にまでばらまいたりこすりつけておくのです。そうすることで、自分がいた痕跡を目立たなくすることができるわけです。人間一人がアパート内に住めば、掃除だけでは消えない指紋や足跡などがつきますからね。それをごまかすための死体ばらまきです」


 そこまで二重三重の理由をもって、うさぎの死体をあそこまで痛めつけたのか。人間が人間に対して、それほどまでの行動ができるのか。私は戦慄のため、脂汗をかいた。


「さて、次に第二の事件、大熊勇さん殺しの件ですが、これは第一の事件よりはずっと単純にできています。ある理由から大熊勇さんを殺害すると決めた犯人は、またしても長門うさぎさんに変装して『清瀬荘』に向かった。このことは防犯カメラに写っていた映像からも明らかです。なぜ変装したのかといえば、それはもちろん犯人自身が警察に姿を見せたくなかったからであり、また長門うさぎさんではなく他の人物に変装すれば、第一の事件で犯人が長門さんに化けていたことがばれてしまうかもしれないと考えたからでしょう。それに長門さんに化けることで、事件にいっそうの混乱を呼び込むことも期待できた。犯人は長門さんに化けて、大熊勇さんを殺害し、その後、ゆうゆうと立ち去った。


 しかしこのとき、犯人は顔だけは防犯カメラに写らないよう気をつけていた。なぜなら、長門さんの遺体の顔面はもうグチャグチャにしてしまったあとで、この世に存在しないわけですからね。だがしかし第二の事件の変装はお粗末でした。犯人は防犯カメラに顔が映らないように、頑張っているわけですからね。顔になにかある、と思うのは自然の成り行きでしょう。――この事件が発生したことにより、僕はむしろ第一の事件のトリックが、顔だけの変装、それも長門さんの顔だけをうまく使った変装なのではないかと思いついたのですよ」


「そこまでして、犯人は大熊さんを殺したかったわけですね」


「もちろん、そうです。……そう、この第二の事件は犯人にとって大きなミステイクでしたが、やらずにはいられなかった。なぜならそのまま放っておけば、大熊勇さんが自分の前に現れて、『こいつが犯人だ!』と言い出すかもしれなかったからです」


 黒葛川幸平は、一口、アイスコーヒーを飲んでから、


「そう、ここで瀬沼有紗さんが狙われた理由が分かるわけです。瀬沼さんを盗撮写真に赤マジックのメッセージで脅かした人間こそが犯人です。では瀬沼さんはどうして犯人に狙われなければならなかったのか? もう、お分かりですね。あの『ファリーナ』で事件関係者が集まったとき、瀬沼さんはこう言いました」


 ――どうせなら次はあの『清瀬荘』にいたうさぎさんのお隣さんも連れてこようか。なにか分かること、あるかもしれないし。


「犯人は、冗談じゃないと思ったはずです。あの大熊さんが自分と顔を合わせれば、なにかバレてしまうかもしれない。犯人はびくびくしたはずです。殺人犯など、性根は臆病な人間が多いですからね」


「前にもおっしゃっていましたね。気が弱いからこそ、相手を何度も攻撃して殺そうとするのだと」


「ええ、そうです。よく覚えていてくださいました。さすが汐見さん、記憶力がいい」


「……嫌味、ですか」


 事件のすべてが解明されたいまとなっては、黒葛川幸平のその言葉は本当に嫌味にしか聞こえなかった。記憶なんて、ないほうがよかった私なのに。


「いいえ、賞賛しているのですよ。……こうして犯人は、大熊さん殺しを決め、そして瀬沼さんを脅した。本当は瀬沼さんも殺したかったのかもしれませんが、彼女は常に、僕やあなたと行動を共にしていましたからね。スキがなかったんでしょう。おまけに住所も分かりませんからね。そこで犯人は、犯行現場に盗撮写真――瀬沼さんが『ファリーナ』を出た瞬間に遠くから撮影した写真で脅迫するという手段に出たわけです。……しかし結果から言えば、あの写真が命取りのひとつになった。『ファリーナ』を出た瞬間の瀬沼さんを都合良く盗撮できる人なんて、あのとき『ファリーナ』を真っ先に出ていった人物しかいませんからね」


「黒葛川先生。本当にあの人が犯人なんでしょうか。私には、どうもあの人が人殺しだとは思えないんです」


 私はあの人を、特に好きではなかったし、というより、どちらかといえば苦手であったし、接点もなかったのだけれど。

 それでもどこかで、私と同じような人間だと、どこか奇妙な同胞意識らしきものを感じていたのだ。


「あの人ですよ。間違いありません。長門うさぎさんと同じ身長百六十センチで、彼女に化けられる体型。いま申し上げた盗撮写真のタイミング。そして、ああ、これはつい先ほど、鬼塚刑事から入ってきた連絡ですが、長門さんのアパートの浴室、その排水口の奥から、犯人の髪の毛が検出されたそうです。数日間、長門さんの部屋に居た犯人ですが、入浴もしています。なぜなら先ほど申し上げた通り、犯人はこの間も、仕事に出勤しているからです。十二月一日から四日の間、犯人はちゃんと仕事をしています。仕事に行くのであれば、身体を洗って遺体の臭いを消したり、清潔にしておかないとまずいですからね。しかし、それが完全なる証拠となりました。長門さんの部屋を退去するときにずいぶん掃除をしたらしい犯人でしたが、浴室の排水口までは気が回りませんでしたね。排水口から出てきた男性の髪の毛――犯人は間違いなく、あの人なのです」


「西村――克広さん――」


 私がその名前を出すと、黒葛川幸平は重々しくうなずいた。

 そう、この人だったのだ。犯人は西村克広。『ファリーナ』が入っている雑居ビルの掃除をやっている男性だ。



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