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第十七話 あの女はとんだ淫売、唾棄すべきゴミ屑、バラバラのグチャグチャにされたのも当然のこと

『ひよこ フォロー21人 フォロワー12人』(アカウント開設日:2016年7月22日)


【長門うさぎさんの情報です。あのひとは嫌われている人でした。カフェで短い間、アルバイトをしていましたが、すぐにやめてしまいました。バイト仲間とのトラブルでした】(12月20日14時16分送信)


【わたしはほとんど長門さんと話をしたことがありませんが、嫌っている人はたくさんいました。殺されたのは長門さんの性格のせいだと思います。もうひとりの殺された人はその巻き添えじゃないかと思うんです】(12月20日14時19分送信)


【だから呪いのアパートなんて噂が広まっていますが、それらはみんな嘘です。呪いなんてあるはずもないです。長門さんの生活態度とかそのへんが悪くて殺されたんだと思います、わたしはそう思うです】(12月20日14時21分送信)



『PS19XX フォロー5人 フォロワー7人』(アカウント開設日:2011年7月22日)


【すべて長門が悪いです。長門のせいです。あの女は私を激しく見下していて、悪いことばかりしていました。テレビとかネットでときどき出てくるパパ活とかの話は嘘じゃありません。あの女はとんだ淫売、唾棄すべきゴミ屑、バラバラのグチャグチャにされたのも当然のこと】(12月20日14時39分送信)


【詳しくは言えませんが私は長門うさぎと敵対していました。あの女が一方的に私を笑いものにしていたぶって悪評を友人知人にばらまいたからです、おかげで私は地元にいられなくなり、両親と共に引っ越して遠くに行かされてしまった。私はあいつに故郷を奪われた、憎い、憎い、憎い。憎いのです】(12月20日14時44分送信)


【にくい】(12月20日14時47分送信)


【あの世でもう一度、殺したいくらい、憎いのです】(12月20日14時53分送信)


【フォロワー数万超えとか悪い夢のようです。世間はあんなのをフォローしてなにがいいのでしょうか。フォロワー買収くらいしていると思います。長門は最低】(12月20日14時55分送信)



 立て続けのDMである。

 十二月二十日の十五時、私はこれらのメッセージを、黒葛川幸平に転送し、判断を仰いだ。


 それにしても今度の事件の真相は、どういうものなのだろうか。謎はまるっきり解決できていないのだ。グチャグチャにされたうさぎの遺体も、アパートの外と中で分かれた遺体も、両手首だけが残されていた理由も、大熊勇が殺されたわけも……。


 なにかしらのトリックが用いられているのは想像できるが、それが私には皆目見当もつかない。


 黒葛川幸平も、ときに思わせぶりな態度をとるだけで、ちっとも事件を解明してくれない。いやいや、善人だとは思っているし、有紗先輩ほどではないにしろ、好感と信頼は抱いている。ただ、当初の期待ほどは事件を快刀乱麻のごとく解決してくれそうにないな、とも思い始めていた。もっとも、あの人も結局は自分史代筆家なので、名探偵を期待しすぎるのも良くないのかもしれないが。


 私は、黒葛川幸平に続けてDMを送った。


【うさぎの自分史はうまく執筆できていますか。それにしても事件の謎は深まるばかり。うさぎの自分史がうまく書けなかったら、原稿のオチは、犯人不明でいいと思いますよ】


 本当は良くない。私だって事件の真実を知りたい。うさぎの人生の結末が、どのようなものだったのか知りたくてたまらない。


 けれども、それでうさぎの自分史が永遠に完成しない、なんてことになるくらいなら、犯人不明のオチでも仕方が無いと思う。中学時代に読んだ昔の歴史小説も、最後は主人公が暗殺されてしまうが、犯人は分からない、というオチだったのだ。それが現実ならば仕方ないとも思うのだ。


 けれども……。

 ああ、頭がゴチャゴチャする。思考がまとまらない。

 私は、私はどうしたらいい? ……私は……。


 また、スマホを触る。私は自分のSNSを開くと、


【皆さん、ラビットについてたくさんの情報をお寄せいただきありがとうございます】


 と発信し、


【すべて参考にしています。それと、ラビットが住んでいたアパートが呪いのアパートだなんて噂が広まっていますが、それはないと私は思っています。呪いなんてナンセンスです。あるはずがないです】


 清瀬さんのためにも、こう言っておこうと思った。


【なにもかも人間のやったことです。どこかにラビットと、ラビットのお隣さんを殺害した犯人がいるのです。それが誰かは分かりませんが、呪いなどではない。ラビットを殺害することで利益を得た人間、あるいはラビットに強い強い強い恨みをもった人間がいるのです。犯人はきっとその人です】


【私は犯人が見つかると信じています。そのためにいま、頑張っています。だから皆さん、少なくとも、野次馬気分で犯行現場に足を運ぶことはもうやめましょう。ご近所の方に迷惑ですから】


 月並みだが、私の本音でもあった。

 SNSで発信した私の意見には、複数のいいねがつき、拡散された。多くのSNS利用者は賛同してくれた。


【あきさんの言う通りです。野次馬は迷惑。これじゃマスゴミと変わらない】


【アパートには大家さんもいるし、他の住民の方もいますからね!】


【呪いなんて本当に信じてたやついるの? あれは人間の仕業、間違いない】


 ごくまれに【綺麗事を言うな】とか【あんたも野次馬みたいなもんだろう】とか、挙げ句の果てには【悪霊の存在を知らない愚か者】なんて返事も飛んでくるが、多くの人は私の発信に好意的であった。こういうとき、SNSも、日本人も捨てたものじゃないと思わせてくれる。


 そのときスマホが鳴った。黒葛川幸平から返事が来たのだ。

 私は急いで返事を開いたが、


【黒葛川幸平です。いつも情報ありがとうございます。戴いたDMも原稿に反映させます。今後ともどうぞよろしくお願いします】


「……なんだ」


 定型文丸出しみたいな返事に、不快感と失望を覚える。

 原稿を執筆している最中なのだろうが、もう少し、言い方がないものだろうか。そもそも事件についてどう考えているのだろうか。この人が事件を解決してくれたら、『清瀬荘』ももう少し平和になるだろうに。野次馬は減るだろうし、殺人犯だっていなくなる――


 そうだ。あまりにも巨大な存在なので失念していたが、殺人犯がまたあのアパートに来る可能性だってあるのだ。第三の事件が起こる可能性だってある。そんな悲劇は絶対に避けなければならない。けれども第三の事件が起こるとしたら、どのような条件下で? 他人から恨みを買うこと甚だしかった我が同級生、長門うさぎはまだともかくとして、大熊勇なんてどういう理由で殺されたのかも分からないのだ。


「外に行きたくない」


 思わず、独りごちた。

 私は恐怖しはじめていたのだ。正体不明の殺人犯がこの街をうろついている。そのことがたまらなく怖かった。いや、怖いのはこれまでも同じで、だから私はいつも、黒葛川幸平なり有紗先輩なりと行動を共にしていたのだけれど。


 しかし、外出しないわけにはいかなかった。午後六時からネットカフェでアルバイトをしなければならない。今日は、近頃休んでいた有紗先輩も来るはずだし……。


 本当は私も休みたい。外出したくない。けれども、黒葛川幸平に支払う原稿料のことを考えれば、そうそう休めるはずもない。大丈夫、と私は自分に言い聞かせた。殺人犯は私のバイト先なんて知らないはずだ。なにも起きない。起きるはずもない。大丈夫、大丈夫……。


 そのときだ。またスマホが鳴った。

 黒葛川幸平からのDMが届いたのだ。


【黒葛川幸平です。先ほどは失礼しました。アカウント『ひよこ』さんと『PS19XX』さんを僕のほうでも確認しました。ところでこの件と、長門さんの事件について話したいことがあるのですが、いまからお会いできますか?】


 私は、ちょっと考えてから返事をした。


【六時からバイトなので、それまでなら会えます】


【それは良かった。では北千住駅前でお会いしましょう】


 なんの話があるのだろうか。私は少し緊張したが、黒葛川幸平と一緒なら大丈夫だろう。殺人犯が私を狙ってくることはないと思うが、それでも頼りになる人が近くにいてくれたほうが嬉しかった。


 私は着替え、簡単なメイクを終えてから外に出た。こんなメイク一つでも下手糞で、自分がたまらなく嫌になる。

 午後三時半だった。私は周囲に気をつけながら、駅前まで徒歩で向かった。できればタクシーに乗りたかったが、歩いて五分の道のりだと思うと、お金というよりタクシーに申し訳なくて乗れなかった。こんなときでも誰かの顔色を窺うような自分をやめたい。


 五分後、私は駅前で黒葛川幸平と出会ったのだが、彼は妙にニコニコしていた。


「やあどうも、急にお呼びだてしてすみません」


「いえ。なんですか、お話って。事件のことがなにか分かったんですか」


「ああ、それは少しばかり。ところでお腹すきません? そこのレトロな喫茶店で食事でもどうです。もちろん僕がおごりますから」

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