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第十五話 【dddddd a デデデ ???? 】(12月19日12時8分送信)

『新居浜早苗 フォロー185人 フォロワー169人』(アカウント開設日:2017年5月16日)


【絶対に私を逮捕しないでくださいね。それとテレビに私のことは言わないでください。私は新居浜早苗といって、二十二歳の大学四年生、来年の春に卒業する予定の者です。お恥ずかしながら一時、パパ活をやっておりました】(12月19日9時9分送信)


【私は奨学金を使って大学に通っていますが、将来が不安で仕方がありません。奨学金の返済は何十年後になることか。その間、ちゃんと健康で働いて、就職もうまくいって、ずっと働いていけるのか。結婚するとき、相手の男性から借金持ちだと避けられないか。いまさら遅いのですがすべてが不安でたまらないのです】(12月19日9時14分送信)


【だから私はパパ活をすることにしました。相手はごくあっさりと見つかりました。SNSを使うとすぐに五十歳くらいの男性が見つかりました。けれど絶対に信じてほしいのは、私はいかがわしい行為はなにもしなかったのです。男性とふたりで夕食を食べてお話をしただけです。その分、戴くお金は少なかったのですが、やっぱり最後の一線を越えることには抵抗があったのです】(12月19日9時18分送信)


【そんな生活を送り、複数の中年男性と食事を繰り返していると、よくレストランで顔を見る女の子がいました。そしてある日、その女の子と偶然、繁華街のコンビニで出会ったのです。その子が長門うさぎさんでした】(12月19日9時22分送信)


【うさぎさんはずいぶんハデにパパ活をやっていました。一線も越えていると言っていました。うさぎさんは私と連絡先を交換したいと言いました。私たちは一時期、ずいぶんよく連絡を交わしました】(12月19日9時25分送信)


【私は大学三年生の終わりごろになってから、就職活動のためにパパ活からすっかり手を引きました。すると長門さんはずるいと怒って、私から距離を取ったのです。もう連絡をしても返事はありませんでした】(12月19日9時28分送信)


【こんな情報が役に立つかどうかは分かりませんが、いちおうお知らせします。そうだ、あきさん。うさぎさんはあきさんのこともはなしていましたよ、むかしからのしんゆうだそうで】(12月19日9時31分送信)


【ででd】(12月19日9時33分送信)


【ごめんなさい、うまくうてませんでしたがとにかくトモダチだそうですねうらやましいですトモダチっていいですよねサヨナラ トモダチ??】(12月19日9時48分送信)


【dddddd a デデデ ???? 】(12月19日12時8分送信)


【                  】(12月19日12時9分送信)


 十二月十九日の午後五時、私は黒葛川幸平と『ファリーナ』で待ち合わせをした。雑居ビルの外は相変わらず、鉛色の低い雲が広がっていて、それなのに街中はクリスマスムードのイルミネーションで輝いている。街行く誰もが人生を謳歌しているように見えた。通行する人々の、男女の、親子の、嬉しそうな顔、楽しそうな顔、顔、顔、顔。それに比べて、私はこれから自分史作家と、殺された同級生の自分史について打ち合わせを行うのだ。みずから進んで行っていることとはいえ、外界と自分たちとではあまりにも深い溝があるような気がして、私は軽い頭痛さえ感じてこめかみを押さえた。


「やあ、汐見さん」


 そこに黒葛川幸平が現れた。いつものニコニコ顔だ。どうしてこの人は、よく笑っているのだろう。


「お待たせしました。……大丈夫ですか、汐見さん。体調が優れないようですが」


「ああ、いえ、大丈夫です。気圧が良くないんでしょう。曇り空の日が続くと、頭がときどき痛くなるんです」


「分かります。僕も偏頭痛持ちですからね。くれぐれもお大事に。今日はもう、やめておきましょうか」


「いえ、やりましょう。これくらいでへこたれるわけにはいきませんから」


「ご立派です。いえ、本当に、心から感服しております。瀬沼さんもああいうことになってしまいましたし、我々だけでも長門さんの一件に取り組まなくては」


 黒葛川幸平の言う通り、有紗先輩はあれから家に籠もってしまったようで、まったく私の前に登場しない。バイトも休み続けている。今日も、こうして私と黒葛川幸平が面会するというのに影も形も見せないのだ。よほどあの写真がショックだったのだろう。無理もないことだけれど……。


 私たちはビル内にある『ファリーナ』に入店した。以前、あのイケメンやヒゲイケメンに話を聞いたとき以来だが、ここに私たち二人が集合した理由は、黒葛川幸平が、


「いや、あそこのピッツァは実に美味しかった。もう一度、あそこに行きませんか」


 なんて、軽薄な口ぶりで誘ってきたからである。

 有紗先輩もいないのに、二人きりでこんな店に入ることはやや緊張したが、しかし入店して、やってきた店主の坂本一郎氏に食事を注文すると、少しだけ心に余裕が生まれた。そうだ、話をするだけだ。それと食事を楽しむだけだ。


 私は、気を取り直してスマホを取り出し、


「黒葛川先生、まずはこちらをご覧ください。またDMが送られてきたんです。うさぎのパパ活仲間みたいですが」


「拝見します。ほうほう、これはまた貴重な証言ですね。うさぎさんの自分史をまた書けそうです」


 黒葛川幸平は、手帳を取り出すとなにやらメモを始めた。


「うさぎの自分史、原稿の執筆は進んでいるのですか?」


「ええ、ええ、それはもう。二十歳くらいまでの分はほぼ完成でしょう。できればもう少し、長門うさぎさんの人となりがよく分かるものがあればよかったのですが。長門うさぎさんのアパートにも、これといったものがありませんでしたからね」


「人となり、ですか」


「そうです。手紙とか、メールとか。日記なんてあったらもう完璧だったんですが。汐見さん、小学校や中学校のころに、長門さんと交換した物とか、なにかありますかね」


「ええ、ああ、そうですね。なにしろ昔のことですから。漫画を貸したきり、返ってこないことならありましたけれどね。いわゆる借りパクです」


 私は苦笑しながら言った。

 黒葛川幸平は、眼を細めて、


「それは良くないですね。しかしそのエピソードもいただきです。あとは長門さんの小学校や中学校時代のご友人から、お話を聞けたらもっと素晴らしいのですが」


「どうでしょうね。うさぎはああいう子だったから、友達が案外少なくて、私くらいしかいなかったんじゃないでしょうか」

「なるほど、なるほど。それにしても長い友情ですね、小学校入学から社会人まで友達でいられるなんて。僕なんかもう、学生時代の知人とはほとんど縁が切れてしまいましたよ、ははっ。羨ましいことです」


「は、は、は。……不思議と、縁が切れなかったんです」


 私は、また苦笑した。

 そのとき坂本氏が「お待たせ致しました」とみずから料理を運んできた。アイスコーヒーとホットコーヒー、それにピッツァマルゲリータである。「おお、これこれ」と黒葛川幸平はニコニコ笑ったが、夜のイタリアンでお酒も飲まずに、一番安いピッツァとコーヒーを頼むとは、私たちはなんて嫌な客だろう。私は内心、ちょっと苦笑した。


 しかし私はすぐに、また気を取り直して、


「学生時代のことなら、今度、卒業アルバムをまた改めて持ってきましょうか。それよりも、先ほどのDMについてご意見を賜りたいのですが」


「パパ活アカウントの新居浜早苗さんですか」


 黒葛川幸平は、難しい顔になって、アイスコーヒーを一口だけ飲むと、軽く頭を振ってから、


「DMそのものは、長門さんの過去について参考になりましたが。しかしこちら、途中で操作ミスでもしたんでしょうか。最後のほう、ちょっと変な文章になっていますね」


「そうですね。打ち間違えなら削除したらいいのにと思いますが」


 私も、温くなってしまったコーヒーをひとすすりして、


「あまりスマホの操作が、得意じゃない人かもしれませんね」


「お若くて、食事だけとはいえパパ活をしていたような大学生が、スマホが苦手でしょうか。アカウントを見ると、最後のつぶやきが二ヶ月前ですが、スマホゲームのことをつぶやいたりしていますが……」


 黒葛川幸平はみずからのスマホを操作しながら言った。新居浜早苗のアカウントをチェックしているようだ。やがて、


「いま、DMを送ってみました」


「え……?」


「僕が、新居浜早苗に、です。僕、普段はSNSにログインもろくにしていませんが、こうやって使うときもあるんです」


「どんなDMを送ったんですか?」


「はじめまして、スマホゲームが好きなのですか、自分と一緒にやりませんか、と」


「ええ。SNSナンパじゃないですか。い、嫌だな。そんな黒葛川先生、見たくなかったです」


「新居浜早苗のことをちょっと調べたくなったんですよ。それに僕のアカウント名は、男性とは分かりませんから。流れによっては女性を装ってでも、新居浜早苗とコンタクトを取ってみたいんです」


「それって、ネカマってやつでしょ。そんな先生、ますます見たくなかった」


「どんな返事が返ってくるかと思うと、案外、うきうきしますよ」


「しないでください」


「ははは」


「はははじゃなくて……」


 私がなにを言おうとも、黒葛川幸平は、柔和な笑みのまま、またアイスコーヒーを飲んだ。日ごろと変わらない表情だから怖い。有紗先輩の賞賛に照れたと思えば、ネットで女性になりますのもためらわなかったりする黒葛川幸平は、やはり、かなり妙な人だと思った。


「冗談はさておき、本当に必要なことだと思っています。なにしろ長門さんは殺されてしまったのですから。その犯人はまだ分かりませんが、パパ活関係者の可能性だってあるんです。そこを捜査するために、パパ活時代の友人である新居浜早苗とのコンタクトは絶対に必要です」


「それも、ごもっともです」


 私は、黒葛川幸平を茶化すような態度に出ていたことを恥じた。


「それにしても……」


 黒葛川幸平はスマホの画面に目を落としながら、


「ネットは今回の事件で大盛り上がりですが、呪いのアパートという文言が実に多いですね」


「それは私も気になっていました。うさぎの事件も大熊さんの事件も、すべてアパートの、つまり『清瀬荘』の呪いだという論調です」


 もちろん常識的に考えれば、ふたつの事件は人間が巻き起こした殺人事件だと分かるのだが、しかし今回の事件は怪奇的に過ぎた。謎に満ちあふれすぎていた。一番初めの謎、うさぎの遺体がどうして室内と郵便封筒の二カ所に分かれていたのかというミステリーさえ、まだ解明できていないのである。世間が事件の中に怪談を見いだすのも無理はなかった。もしも今回の事件が迷宮入りになれば、十年後、二十年後のネットで、謎に満ちあふれた未解決事件として話題になることは目に見えていた。


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