『はやみん推し一生決定アカウント フォロー1149人 フォロワー254人』(アカウント開設日:2013年12月16日)
【面白い情報プレゼント、ラビットの悲しい過去】(12月17日9時12分送信)
【ラビットは二十一歳のときにアイドルデビューしていた。いわゆる地下アイドルでこのときは髪を黒くして清楚系みたいな面構え、いま思うと笑ってしまう】(12月17日9時14分送信)
【それなりに頑張っていたようだが別にファンも増えなかった。ついでに言うと数少ない男性ファンはみんな気持ち悪かったようでそんなのがラビットに耐えられるわけもない】(12月16日9時18分送信)
【ラビット、いや長門うさぎはまた逃げ出した。半年足らずでグループ脱退。ラビットが抜けた一年後にアイドルグループは解散、運営企業も破綻してしまった。呪われたみたいな長門の一生。みじめみじめ、ぶざまぶざま】(12月17日9時21分送信)
【忘れないよ。おれはラビットを最初、推していたんだ。なのに気持ち悪がりやがって】(12月17日9時23分送信)
【気持ちいい】(12月17日9時27分送信)
私はネットカフェの深夜バイトを終えて、家に帰ってきた。十二月十八日、午前九時である。さすがに疲れた。うちのネットカフェは入店も退店もセルフでできるタイプなので、お客さんと会話をすることがほとんどないのがいい。食事の提供もしておらず、お菓子とカップ麺を店内に置いているだけなので、料理もしなくていい。やることはもっぱら掃除である。
それでも疲れはする。私はリビングのソファに身体を横たえた。両親はすでに仕事に出ていて不在である。
第二の事件発生から三日が経っていた。
すでに事件のことは大きく報道され、テレビはもちろんネットも大騒ぎである。ニュースサイトのコメ欄には、【謎の殺人事件】、【呪われた町】、【犯人は誰だ】、【警察はなにをしている】、エトセトラ、エトセトラ……。負の感情と好奇心に満ち溢れた文言が並ぶ。
SNSも似たようなもので、探偵気取りのSNS利用者が大騒ぎ。誰もがさまざまな推理を披露しては、返事がついたりつかなかったり。名推理と言えそうな書き込みには【ナイス推理、警察に速攻伝えるべき】なんて返事もついている。
私のSNSにもさまざまな返事やDMが送られてきた。事件のことを真剣に推理しているDMもあれば、【お前が犯人だろう】なんて失礼なことを言ってくる人もいる。【あなたは呪われているからその呪いを解いてあげよう】なんてDMも来る。挙げ句の果てには【あなたを助けてあげたいから僕と結婚してください、当方沖縄県在住、四十七歳(見た目は三十五歳です、ドラえもんに似ていると言われます)、今日にも那覇市内ならば会ってあげられます――(以下、延々とこの人のプロフィールが数千字)】なんてとんでもないDMも送られてきた。なんだって私が沖縄まで行って四十七歳だか三十五歳だかのドラえもんと結婚前提のお付き合いをしなければならないのか。本物のドラえもんなら大歓迎だけれど。
けれどもネットで一番見られた表現は、
『呪いのアパート』
というものだった。
ひとつのアパートの中で二回も殺人事件が、しかも隣人同士が亡くなったのだから無理もないけれど、とにかくその噂は広まった。
鬼に魅入られている、悪霊が取りついている、みたいなシンプルな噂もあれば、【『清瀬荘』は昔、防空壕があった場所で、空襲によって亡くなった人々の無念が土地に宿っているのだ】なんて鬼気迫る調子の話もあった。さらには【『清瀬荘』のある場所は、戦前には伯爵家のお屋敷があり、そこで連続殺人事件が起きたのだ。今回の事件はその事件の後を継ぐものだ、事件は終わっていなかったのだ】なんて、噓か真か、壮大な物語を作り出す人までいた。
みんな、適当なことを言うなあ。
私は横になったまま、ため息をついていたが、そこに黒葛川幸平から電話が来た。
「お休み中のところ、申し訳ありません。三分もかかりませんが、いまお時間よろしいですか?」
三分もかからない、と時間を最初に明言されるとこちらも助かる。
いつ終わるかもしれない電話を続けるほど苦痛なものもない。
「大丈夫ですよ。どうされました?」
「よかった。第二の事件の件でお話があるんです。あの事件について鬼塚刑事と捜査をしているのですが、『清瀬荘』の門前にある防犯カメラをいまチェックしているのです。それがそのカメラにどうも、長門うさぎさんらしい人物が写っていましてね」
「はあ!?」
私は思わず素っ頓狂な声をあげた。
「そんな、あ、あの人は、……うさぎは死んだはず……」
「ええ、ええ。もちろんそうです。そうなんですが、それらしい人が写っているのも事実なんです。それでよろしければ汐見さん、いまから北千住署まで出向いていただいて、一緒にカメラの映像をチェックしていただけませんかね。よろしければパトカーをそちらに行かせますが」
「は、はい。行きます、行きますけれど、パトカーはちょっと、近所の目もありますし。うちは実家なので」
「ああ、そうですか、そうでしたね。でしたら、ううん、タクシーで来てもらえますか。交通費はこちらが出しますから。よろしくお願いします」
そこで電話が切れた。
私は疲れ果てていたが、それでもうさぎが生きているのかもと思うと、頭は覚醒しきってしまい、もう休めない。私は再びコートを羽織ると、家の外へ出て北千住警察署へ向かった。