アンティーク的な木製のテーブルと椅子が所狭しと並べられ、壁にはワインの瓶とワイングラスが無数に揃えられている。「うわぁ、素敵やん」と有紗先輩が瞳を輝かせた。私もそう思うが、
「こんなお店、初めてです。なんだか落ち着きません」
洒落すぎている店内の景色に、劣等感というか、引け目を感じてしまう自分がそこにいたのである。有紗先輩は「考えすぎ、考えすぎ」と手を振ったが、なにがどう考えすぎなのかさっぱり分からない。やはり有紗先輩とは細かいところで、なにかが合わないと感じてしまう。
「いらっしゃいませ、鬼塚さん。もう皆さん、お揃いですよ」
店の主人と思われる、ヒゲを生やした三十代半ばの男性が登場してそう言った。鬼塚刑事はうなずいた。
店の奥に目をやると、男性が三人、女性がひとり。私はおやっと思った。
「うさぎが三十日に会ったのは、うさぎを入れて四人だったはずです。だから残りのメンバーは三人になるはずですよね。でもあそこにいるのは四人。一人、多いですね」
「おっしゃる通りです」
鬼塚刑事はうなずいて、
「十一月三十日に長門うさぎさんと会っていたのは、あそこにいる、右から多田羅翔真(たたらしょうま)さん、鯉沼隼人(こいぬまはやと)さん、皇海香(すめらぎうみか)さんの三人ですが、そこにもうひとり男性が加わっています。あの人は三十日当時、このビルの掃除を担当していた方で、西村克広(にしむらかつひろ)さんといいます」
よく見ると、三人のどこか煌びやかで、背の高い男女からちょっと離れて、スタジャンを着た、身長百六十センチほどの男性がうつむいている。年齢は三十代と思われるが、あれが西村克広だろう。こんなお洒落な店で、初対面の美男美女と一緒に、短い間とはいえ友達もいない中、ひとりで座っていたなんて。私は彼に同情してしまった。
私たちは四人の前に行くと、鬼塚刑事以外はそれぞれ簡単な自己紹介をして、事件当時のことやうさぎのことを聞かせて欲しいと頼み込んだ。さぞかし嫌がられるかと思ったが、三人の男女はケラケラ笑って、
「来た、来た。また聞き込み。すごいよね、俺たち。殺人事件の関係者」
「あの、これ警察の聴取じゃないんですよね。鬼塚さんとお友達が個人的にぼくらに聞きたいだけでしょ。だったらこれ、録音していいですよね」
「動画のほうがいいよ。面白いし、それにほら、なにかあったときの証拠になるし」
三人は大はしゃぎである。
全員、お洒落な店がお似合いな容姿をしているが、頭の中身はどうなんだろうと私は内心、激しく毒を吐いていた。そして全員確か、そう、多田羅、鯉沼、皇――と、立派な苗字を持っていたが、うまく覚えられなかった私は、それぞれ、イケメン、ヒゲのイケメン、赤髪、と心の中であだ名をつけた。唯一の女性である皇海香は赤く染め上げた髪をロングに伸ばしていたのである。腹立たしいことに、その髪はけっこう似合っていた。真っ黒なうえ、重たい髪質の私とは大違いだ。どんなヘアケアをしたら、あんな髪になれるのだろう。百万回転生しても、こういう髪にはなれない気がする。
「それで、俺たちに質問ですよね。なにを聞くんです? ……ああ、すみません、まずは飲みましょうか。せっかくバルにいるんだから飲まないのは損ですもんね。俺、赤ワインのサングリア割り――」
イケメンが、やってきた店主に次々とオーダーをしていく。私はまだ飲むとも飲まないとも言っていないのに、勝手に話が進んでしまった。黒葛川幸平と鬼塚刑事まで「じゃあ」とビールを頼み、有紗先輩はモスコを頼む。私は黙ってメニューの中のウーロン茶を指さしたが、西村克広はそれさえせずに、視線を右往左往させながらお冷やをチビチビやっていた。
イケメンたちはなにが面白いのか、その景色を見てニヤニヤしている。
そこへ有紗先輩が身を乗り出して、
「西村さん、コーラとかオレンジジュースもありますよ。どうです?」
「お金は気にしないでください。我々が持ちますから」
黒葛川幸平も有紗先輩に続いて、穏やかな声を出す。
西村克広は小さな声で「コーラを」と言った。するとヒゲのイケメンがいきなり「コーラですか」と笑い出した。本当になにが面白いのか分からない。私は早くこの空間から逃げ出したくて仕方が無かった。飲み物はすぐに運ばれてきた。有紗先輩が率先して、運ばれてきたものを全員の目の前に配っていき、イケメンたちと笑顔を交わす。ああいうコミュニケーション能力はどこから来るんだろう、天性のものなんだろうか。勉強や運動に天才がいるように、コミュニケーションにも天賦の才があると思う。
やがて、いちおう乾杯を交わしたあとで、
「さて、飲み物も揃ったところで、酔わないうちに皆さんの話をうかがいましょう」
と、黒葛川幸平は、ニコニコ笑いながら言って、四人に話を尋ね始めた。
「ええ、じゃあ俺から。多田羅翔真、二十七歳。この近くで中古のレコードショップを経営しています。ネットでも売っています。いまは日本人よりも外国のレコードマニアが買い付けにきてくれて儲かっています、へへへ。インバウンドってやつですね。『ラビット』とは去年、SNSで知り合って、そのうちリアルで会おうってなって、友達になりました。三十日当日はここで、こいつらと一緒に飲んで、十一時ごろには解散しました、以上」
「次はぼくですね。鯉沼隼人、二十九歳。冒険系ユーチューバーしてまっす。知ってますかね、田舎の廃墟とか廃村とか探索する『はやとがゆく!』ってチャンネル。登録者が先日、やっと五十万いきました。面白いんで、見てください。で、ぼくもネットで『ラビット』と知り合ってね、面白い子だったんで会ってみて、あ、可愛いじゃんってなったんで、ぶっちゃけ狙いながら友達付き合いしていました。三十日はこの店でみんなと一緒に飲んで、以下略」
「略すなっつーの。次はうちですね。皇海香、二十五歳。ネイルアートのお店に勤めてます。うさぎちゃんは最初、うちのお客だったんですよ。で、同い年だったから友達になっちゃって、オフでも会うようになって、そこにこの人たち、翔真くんと隼人くんが合流して、この半年くらいはよく四人で会っていましたね。以上、いや以上じゃない、まだ続きます」
赤髪はニヤニヤ笑いながら喋っている。イケメンふたりは百八十センチくらいあるが、彼女も女性にしては背が高く、百七十近くあるだろう。うさぎは百六十センチだったから、このグループの中では一番背が低かったことになる。
赤髪は、ふっと真顔になった。
「えっと、あの三十日は本当に十一時で解散したんですよ。でもそれってうちらにしては珍しくて、四人で会うときって普通、二次会、三次会までやるんですよね。帰りはタクシー決定って感じで。あの日も、別に決めてたわけじゃないけれど、みんな今日は午前まで飲もうってなっていたと思います。だけどうさぎちゃんが、午後十時を過ぎたときかな、急に、今日は一次会で帰るって言いだして」
「へえ、それはどうしてでしょう」
黒葛川幸平が身を乗り出す。
よく見ると、彼はビールに、最初の一口しか口をつけていない。気が付けばモスコを飲み終えて、カルアミルクを呑んでいる有紗先輩とは大違いだ。
「分かりませんよ。なにそれ、冷める、なんか用事できたのってうちが聞いたら、別にないけれど、今日は一次会で帰るって言いだして。うちはもしかして、翔真くんか隼人くんがこっそり失礼なことでも言ったんじゃないかって思ったんですけれど」
「言ってない。言ってないよ、俺」
「ぼくも、ぼくも」
「本当かよ。お前、うさぎのことマジで狙ってたじゃん。それで強引に迫ったとかしたんじゃねえの?」
「してねえって。それより翔真のほうが怪しいだろう、昔、うさぎと付き合ってたのお前じゃん」
「え、なにそれ。うち、聞いていない。翔真くんとうさぎって昔、付き合ってたの?」
「少しだけな。でもあいつ、パパ活とかしてたじゃん。それが分かって別れた」
「愛がねえの。ぼくはそんなの気にしねえ。好きだから好き。狙ってた」
どうも情報が混雑してきた。
整理すると、イケメンはうさぎの元カレ。ヒゲのイケメンはうさぎに片思い。赤髪はただの友達。そして普通は朝方まで飲むグループだったのに、三十日、うさぎは突然、飲み会から離脱することを宣言して、実際に帰宅した……。
「午後十一時ごろに、長門うさぎさんが退店されたのは間違いありません。私が証言します」
そのとき、ピッツァを運んできた店主が口を開いた。
「お話に突然入って、申し訳ありません。『ファリーナ』の坂本一郎(さかもといちろう)と申します。ですが、それだけは間違いがないので。その後、長門さんがうちに戻ってくることもありませんでした」
温厚そうな坂本氏の言葉には、説得力があった。そういえばこの人も背が高い。百八十は超えているだろう。
「ふーん、途中で誰かから呼び出しでもかかったんかな?」
有紗先輩の台詞はもっともなものだったが、そこで首を振ったのは鬼塚刑事だった。
「いいえ、長門うさぎの通信記録は警察が把握していますが、十一月三十日の午後九時以降、着信やメッセージはなにもないのですよ。もちろんSNSも含めて」
一瞬、場が沈んだ。
うさぎは三十日、誰からの連絡もないのに、友人との飲み会を切り上げたことになる。それはなぜ?
しかもその後、うさぎは丸一日以上、家に帰っていないのだ……。