『chocolateicecream フォロー43人 フォロワー51人』(アカウント開設日:2021年11月1日)
【はじめまして、あきさん。わたしは殺されたラビットこと長門うさぎの高校時代の同級生になります。わたしとラビットは私立永幸学園に揃って通っており、二年生のときは同じ四組にいました。今回の殺人事件のことはネットニュースで知りましたけれども】(12月13日22時48分送信)
【あきさんはラビットと学生時代のお友達だったそうで、そんなひとに言うのも申し訳ないんですが、長門は最低な女でした。殺されてしまったのも当然だと思います。犯人は高校時代の同級生の中にいるんじゃないかとさえ思っています】(12月13日22時51分送信)
【長門はクラスの中心にいた人物のひとりです。スクールカーストと言うか、常にキラキラしていて、校則違反スレスレのお洒落をして目を惹いていた女の子でした。けれどもその分、おとなしい感じの子は目の敵にしてすぐいじめるのです】(12月13日22時55分送信)
【特にひどいのは無視でした。二年生のとき、長門と同じクラスに藤本さんという、美術部の可愛くて優しい女の子がいたんですが、彼女は長門から無視をされていました。それだけでなく長門は、周囲の友達に、藤本さんを無視するように指示を出したのです。藤本さんは孤立してしまいました。それから卒業まで、藤本さんは昼休みでも誰かとお弁当を食べたりすることなく、ずっとひとりで可哀想でした】(12月13日22時59分送信)
【私も藤本さんを助けたかったのですが、自分が無視の標的にされるのが怖くて助けることが出来ませんでした。藤本さんはその後、美術系の専門学校に行きましたが、中退してしまい、いまではどこにいるのか分かりません。いまのは一例です。長門はとにかく、そういう話の多い女子です。無視やいじめの話ばかり出てくる子です。最低でした】(12月13日23時04分送信)
【事件と関係がないかもしれませんがラビットこと長門の人格を知って欲しくて、DMを送りました。なにかの参考にしてください。それではさようなら】(12月13日23時07分送信)
「長門さんの同級生からのDMですか、ふむふむ」
十二月十四日の午後六時。群衆が行き交う北千住の駅前にある、ペデストリアンデッキのベンチに腰かけて、黒葛川幸平はその雌雄眼で、私のスマホを食い入るように見つめていた。有紗先輩もその隣にいる。
「昨日、SNSで情報提供を呼びかけたらこのDMが来たんです。早いですよね」
私はちょっと得意になりながら言った。黒葛川幸平と有紗先輩にこのDMを見せるために、駅前に呼び出したのは私なのだ。黒葛川幸平はうんうんとうなずいて、
「なにしろ、日本中を騒がせている事件ですからね。しかし、こいつはこいつは……。確かに、恐らく事件に関係はないようですが、長門うさぎさんの人生を描くには必要な情報のひとつです。それにしても高校に入ってまで、こういう話が飛び出てくるとは」
「この人、本当に長門うさぎさんの同級生かな。こういうとき、なりすましっていうか、偽者がいたずらで、ありもしない話を送ってきたりする人もいそうやけれど」
「私立永幸学園の二年四組って書いていますよ。うさぎが永幸学園の二年四組だったことは、テレビにもネットにも出ていない情報です。だからこのひとが同級生だったことは間違いないと思いますよ」
「ふうん、そう言われたらそうやね。この『chocolateicecream』っていうアカウントも、三年前に作られて、ときどきつぶやいたりしているし、DMを送るためにいきなりアカウントを作ったわけでもなさそうやね。うん、これはイタズラやなくて本物やね」
有紗先輩は納得したように、何度もうなずいた。黒葛川幸平も「ひとつの参考になります」と言って、それから手帳にアカウントの名前を記入していた。
なんだ、熱心にスマホを見ていたくせに、参考程度にしかしてくれないのかと私は少しがっかりしたが、確かにあまり事件とは関係なさそうなDMだったから、仕方がないなとも思った。
「でも黒葛川先生、このDMのこともうさぎの自分史には書いてくださいね。これは彼女の、高校時代の周囲の評価なんですから」
「ええ、分かりました。汐見さんがお望みならば。ところで汐見さんがこうして情報を持ってきてくださったのは、大変ありがたいわけですが、僕のほうもお土産がありまして。昨日申し上げた通り、警察にいる友人に話をしたところ、複数の関係者にコンタクトをとることに成功しました。それは長門うさぎさんが亡くなる前、十一月三十日に顔を合わせた人々。北千住のイタリアンバル『ファリーナ』で共に食事を摂った方々です」
「食事を……」
「そうです。僕はこの後、午後七時から、警察の友人と一緒にそのイタリアンに出向いて、長門さんのことを尋ねるつもりなのですが、汐見さんと瀬沼さんもお越しになりますか」
私と有紗先輩は顔を見合わせた。断る理由はなかった。ただ、私たちは午後十時からネットカフェのアルバイトに入るから、今日はかなり強行軍になるなと思ったが。
私たちはバルが入っているという雑居ビルに向かって歩いた。十二月の陽はすっかり暮れて、ビル街の電気電灯、行き交う自動車のヘッドライトの明かりだけが街を照らし出している。やがてぽつり、ぽつりと大粒の雨が落ちてきて「あらら」と、黒葛川幸平は恨めしそうに空を見上げた。
「降ってきてしまった。でも大丈夫です、もうすぐそこなんで。おや」
「やあ!」
六階建ての雑居ビル、その一階の入り口に、スーツを着た三十歳くらいの男が立っていた。
身長が百九十はあり、ラガーマンみたいな肩幅をしているその男は、黒葛川幸平に頭を下げて、
「黒葛川さん、ギリギリセーフでしたね。降られずに済んだ。もう皆さん、店の中ですよ」
「やあ、それはどうも。皆さんお早いことで。……ああ、汐見さん、瀬沼さん、こちら、北千住警察署の鬼塚刑事です。こんななりで名前にも鬼なんてついていますが、気は優しくて力持ちを地で行く、金太郎さんみたいないい男ですよ、ははっ」
「いやいや、黒葛川さんにそう褒めていただけると恐縮します。黒葛川さん、こちらの方々はアシスタントさんですか?」
「いえいえ、違います」
黒葛川幸平は、にこにこ笑って、
「僕の依頼主さんと、そのお友達ですよ。では参りましょうか」
黒葛川幸平はずんずんと雑居ビルの中に入っていく。私と有紗先輩は、鬼塚刑事と歩きながら自己紹介を交わした。黒葛川幸平と昵懇の仲らしいこの刑事さんは、今日は非番だが、黒葛川幸平の呼び出しで今日の場をセッティングしたらしい。
黒葛川幸平の顔の広さに、私は目を丸くしていたが、そんな私を見て有紗先輩はにやりと笑った。これが黒葛川さんなんだよ、刑事さんさえ一目置くんだよ、と言わんばかりであった。ちょっぴり疎外感を抱いた私はしばらく、そっぽを向いて歩いた。
それからビルの奥にある小洒落た木製のドアに近付く。
ドアの入り口には『ファリーナ』と書かれてあった。
中に入ると、十五人ほどが入れそうなイタリアンバルの店内だった。