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第二話 私は他人の悪意や敵意、嘲笑に人一倍、敏感だった

 それは小学校と中学校の卒業アルバムを直撮りした画像であり、また小学一年生のときに私が風邪を引いて欠席したとき、うさぎから貰った手紙の画像でもあった。いかにも女の子らしいパステルカラーのマーカーで『あきちゃん はやくよくなってね』と書いてある。紙そのものはボロボロの、しわくちゃなのだけど。


「秋の卒アル、初めて見た。あ、これとこれだね。中学生だ、可愛い」


 有紗先輩が卒アルの画像を見ながら、中学時代の私とうさぎを指さしていく。


 思春期の自分なんてちっとも可愛くないことを自覚している私としては、お世辞だと分かっていても先輩の言葉で背筋がゾクゾクしてしまう。


 うさぎは小学校でも中学校でも評判の美少女だったが、私は当時から分厚いメガネをかけていて、図書室で延々と古い小説を読みあさっているような、はっきり言って暗いキャラクターだったのだ。いや、暗いのはいまだってそうなのだが。


「いやいや、よく分かりました。亡くなった方の遺族から、故人の自分史を書いてくれと頼まれることも多いのですが、僕はそういうとき原則として、ご家族以外の依頼を受けることはありません。しかし今回は被害者の方に、もう連絡がつく遺族がおらず、また殺人事件の解決という社会的意義の高さ、なによりも親友である汐見さんの熱意を汲んで、調査の仕事をお引き受けしたいと思います」


「ありがとうございます」


 私は素直に頭を下げた。

 この自分史代筆家とやらがどれほどの調査力を持っているのか、私はまだ知らないのだが、有紗先輩の紹介だし、それにどうやらプロなのは間違いないようだし、少なくとも私がひとりで事件を調べるよりは、恐らく良い結果に繋がるだろう。ただ気になるのは、


「ところで黒葛川先生が事件を調査された場合、謝礼はどれくらいになるのでしょうか」


「いや、どうも、先生なんて呼ばれるのは恥ずかしくてたまらんので、よろしければさん付けとかでご勘弁願いたいのですが――ああ、これは失礼、謝礼の話でしたね。先にこの話をするべきでした。故人の過去を調査するのならば、一件につき三十万円プラス必要経費。さらに調査結果を原稿にするのなら、一文字十円で原稿をお引き受けしています。調査の結果、執筆した自分史が一万字になったら十万円です。二万字になれば二十万円。すべてを合計したら、決して安くはないですよ。ついでに申し上げると、原稿を書籍にするのであれば自費出版の出版社も紹介はできます。ただそちらにもまた費用がかかりますが」


「支払います」


 私は即答した。


「自費出版まではまだ分かりませんが、原稿執筆まではお願いします。私が書くよりも、黒葛川先生のようなプロに依頼したほうが確実で、説得力のあるものができると思いますし。ちゃんとしたものができるのであれば、いくらでもお支払いします」


 すると黒葛川幸平よりも、有紗先輩のほうが目を丸くして、


「本気? あんた、金持ちやね。わたし、いま黒葛川さんの話を聞いていて、そんなに貰ってたのってびっくりしてたんに」

「いや、はや。僕としても、ありがたいお話ですが。……」


 黒葛川幸平はアイスコーヒーを、ストローでチューチューやり始める。

 妙な仕草だなと思ったが、私があくまでも先生呼びをしたから、照れているのだな、と私はひとりで結論を出した。


「――まだ僕の原稿を見てもいないのに、大丈夫でしょうか。いちおう参考にと、著作を持ってきてはいるのですが」


 そう言って黒葛川幸平は、キャリーバッグから本を何冊か取り出した。私でも知っているような経営者の自伝や、殺人事件の加害者の記録などが次々と。著者名はすべて、その経営者や殺人犯となっているけれども。黒葛川幸平はあくまでもゴーストなのだろう。


 私は黒葛川幸平が書いた数々の著書に目を通さず、


「大丈夫です。黒葛川先生を信頼します」


 黒葛川幸平の雌雄眼には、なにか人を信頼させるような温かみがあったのだ。学生時代から現在に至るまで、お世辞にも勝ち組とか成功者と言えない私が、うっすらと感じる、この人は信頼できそうだという直感。ああ、この人は、他者を侮辱的に見ない人間なのだという安心感――私は他人の悪意や敵意、嘲笑に人一倍、敏感だった。鋭い嗅覚を有していた。私を馬鹿にしているかどうかがすぐに分かった。その視点で眺めると、黒葛川幸平は充分に及第点だったのだ。


 私は話を続けた。


「お金持ちじゃないですよ。学校を出てからアルバイトしかしていないんですから。それだけ本気なんです。うさぎのことを知りたい。うさぎの事件の謎を解き明かしたい。うさぎのことをみんなに知ってほしい。私にとってうさぎはそれくらい大事な人ですから。――黒葛川先生、そういうことです。お願いします。うさぎのことを調べて、事件のことまで調査して、最後は原稿にしてください」


「分かりました」


 黒葛川幸平は、大きくうなずいた。


「お引き受けしましょう。長門うさぎさんの自分史を書くために、事件のことを調べましょう」


「あ、ありがとうございます。調べてください。もちろん私も協力できることは協力しますから」


「ああ、それはありがたい。長門さんの幼馴染みであるあなたが手を貸してくだされば百人力です、ははっ。……そうだ、ではいまからまず、事件現場に行ってみましょうか。長門うさぎさんの自宅アパートで、なにが起きたのか考えておきたいので」

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