ぼくは超能力者だ。
BLものをたった1分でスケッチまでなら書きあげられる。
社会に役に立つとはどうしても思えないそんな超能力だ。
今、自分は美術室で同級生の丸尾くんと、文化祭用に描く百合作品について熱く語っていた。
「無難に恋人繋ぎしてる百合カップルの後ろ姿を描くってのはどうだ?」
「うん。当たり前すぎて、逆にまったくウケなさそう」
「そうかー。当たり前すぎかー。でも、濃厚な物理的絡みなんか描いた日にゃ、職員室に呼ばれて、大目玉を喰らうしなあ」
丸尾くん。それには完全に同意する。文化祭で出展するのに、百合の濃厚な物理的絡みを許してくれるとはとうてい思えない。
「だけど、ふと思ったんだけどさ」
「どうした、水野」
「いや……。恋人繋ぎが普通すぎるんなら、濃厚な絡みもダメじゃないか?」
「あーーー」
丸尾くんが腕組をしながら天井へと顔を向けている。ぼくも彼と同じように腕組して天井へ顔を向けた。
「ダメだな」
「うん、ダメだね」
「んじゃ、こうしよう。ノータッチ・百合。イエスルック・百合」
「それだと百合カップルがお互いに見つめ合う……って感じ?」
「あーーー」
丸尾くんがまたしても腕組をしながら天井へと顔を向けている。ぼくも彼と同じように天井へ顔を向けた。
「ダメだ。それって、恋人繋ぎしてるのとあんまり変わらなくね?」
「うん、言われてみれば変わらないね」
「百合道は奥が深いな」
「うん、奥が深いね」
何か良い案は思いつかないかな。
BLならさっさとぼくの超能力で描けるというのに。
文化祭まで残り1週間を切っている。
丸尾くんのキャンパスは真っ白。もちろん、ぼくのキャンパスも真っ白。
だけど、ぼくのスケッチブックはBLカップルの模写ですでに半分が埋め尽くされている。
「なんか良いアイデアが思いつかないなあ。天からこうさ、降りてくる感じで」
丸尾くんの動作はいちいち面白い。そんな身振り手振りで、頭にアイデアが浮かんでくるのを表現されてはこっちが困る。
「んっと。こういった感じで、こう天から降りてくる?」
「そう、それ!」
丸尾くんがこっちに指を差してくる。これを自然にトレースするにはどうすればいいのだろう。
無理だ。さりげなく指差し返すのは至難の技だ。
「構図さえ決まれば、パパッと描けるんだけどなあ」
「それはそれですごいよ」
まあ、ぼくはBLだったら片割れを見るだけで想像上の相方含めて模写できるのですが……。
それは丸尾くんに言わないでおく。
これは自分のこころに秘めておくと決めたことだ。
「まあ考えたって仕方ないか。ちょっと寝るわ。そしたら何かアイデアが思いつくかもしれないしな」
丸尾くんはそういうと美術室にある机を持ち出し、キャンパスの前へと堂々とその机を置きだした。
本気で寝る気かい? 丸尾くん。それって焼くなり煮るなりしてくださいっていう合図だよ?
「じゃあ、ぼく、食堂の自販機で何か買ってくるよ」
「行ってらっしゃーい。俺の分もついでに」
「んじゃ、いつもの甘ったるい雪印コーヒーで」
「いつもだったっけ? まあいいや、任せた。俺は少し寝る」
丸尾くんはそう言うと机につっぷす。まるでのび太のように一瞬で眠りに落ちた。
ぼくは丸尾くんが起きないようにと、そーーーと、美術室の扉を開け閉めする。
そして、時間は残されていないとばかりに食堂へと向かい、雪印コーヒーとマックスコーヒーを買いにいく。
美術室に戻り、またもや、そーーーと、扉を開け閉めする。
良い寝顔だな……。いかんいかん。ヨダレが零れ落ちそうになった。
ぼくはさっそく自分のブレザーの上着を脱ぐ。それをまたもや、そーーーと、寝ている丸尾くんの背中にかける。
くーーー。生きているって素晴らしい!
ぼくは鞄からスケッチブックを取り出す。2B鉛筆を右手に握る。
いでよ、我に従いし腐の精霊。丸尾の姿を赤裸々に模写しろ。
ぼくの右手が真っ赤に燃える。丸尾くんの姿をスケッチブックに焼きつけろ!
ぼくは勢いそのままに眠る丸尾くんをスケッチブックに収めた。
ふぅぅぅ。イキかけました。ごちそうさまでした。
ぼくのこころは存分に満たされる。
この超能力はぼくの脳に大きな負担をかける。
だからこそのマックスコーヒーだ。丸尾くんに感謝しつつ、ぼくはマックスコーヒーの缶に口をつける。
どろっとした甘さが口いっぱいに広がる。けっして、いかがわしいことなど考えてはいけない。
ぼくもなんだか眠くなってきたよ、パトラッシュ。
ぼくは美術室の隅にある机に椅子を移動させる。
おやすみ、ぼくの丸尾……。丸尾……クン。
呼び捨てはまだ恥ずかしいや……。
◆ ◆ ◆
「ふわあ……。よく寝た。って、丸尾くん、帰っちゃった? って、このブレザー……」
ぼくは起きたあと、後悔の念で軽く眩暈がする。
だって、ぼくの身体には丸尾くんのブレザーの上着がかけられていた。
なんで、ぼくは寝たふりをしていなかったんだ! と、ひとり叫んだ。
その声は丸尾くんには届くことはない。
丸尾くんはぼくを置いて、先に下校している。
LINEのメッセージで「明日も一緒にかんがえような!」と入っている。
仕方ないので、丸尾くんがぼくが寝ていた机に置いてくれていた雪印コーヒーを飲む。
自分の飲みかけのマックスコーヒーは丸尾くんが持っていた。