全ての準備をそつなくこなし、車の前でほむらを待つ。
ここにいる和藤爽は完璧な執事であり、探偵の助手である。和藤は自分にそう言い聞かせ、今では自然とそうなっている。
家で妹達と過ごす自分と今の自分は全く違う人物だった。
多くの大人がそうしている。いや、そうすることを求められている。和藤に至っては高校生の頃から働いているし、遡れば小さい頃には父親に連れられて幼いほむらの相手をしていた。
そんな和藤をほむらの祖父はえらく可愛がった。子供の頃から聡明で言われなくてもなんでもできた。和藤にほむらの祖父はよく言っていた。
『困っている人を助けられる人になりなさい。それが才ある者の役割だ。あなたは賢い。その力を自分のために使えば大いに成功できるだろう。だがね、自分で自分を幸せにするには限界がある。だから誰かのために生きなさい。それが多ければ多いほど天才の証明になる』
ほむらの祖父はまだ幼い孫娘を見つめて笑った。
『その中にこの子がいれば、私は安心して死ねるだろう』
まだ小さな和藤は『やってみます』と答え、そして考えた。
困っている人を助ける。その本質はなにかを。
それが人を成長させることだと気付くのに大した時間はかからなかった。
そしてほむらが大きくなり、やりたいことを見つけたらそれに協力しようと思った。
兄の黒斗は優秀だが家を継ぐ気がない。写楽家を継ぐのはほむらになる。
そのほむらが無能ならお家は取りつぶしとなるのは目に見えている。そうなれば和藤は職を失い、妹達に苦労をかける。それを回避するためにも和藤はほむらを支えた。
しかし妹達も大きくなり、考え方を変えないといけないかもしれないと思い出している。
母は純を産んですぐに亡くなり、執事をしていた父も他界した。和藤爽は二人の代わりとなるべく努力したが、自らの夢は諦めた。
だが自分の幸せが周りの幸せになるならそうするべきではなかったかもしれない。
昔抱いた夢。ほむらの祖父が持っていた本を読んで憧れた大天才。彼のように生きたいと願ったのは一度や二度じゃない。
だが一方で彼は孤独だった。それはそれで不幸だ。
そして和藤の小さな主もまた彼を目指していた。
自分の夢を叶え、主を来たるべく孤独から救い出すには一つしかなかった。
和藤が待っていると屋敷からほむらが慌ただしく飛び出してくる。
「和藤! 急いでくれ! 今日は日直なんだ!」
「そうだと思いました。ちょうど今朝、三分ほど短縮できるショートカットを見つけたばかりです。お乗りください」
和藤は車のドアを開け、ほむらはそこから中に乗った。
和藤が素早く運転席に乗ってハンドルを掴むとバックミラーでかわいらしく笑うほむらが映る。
「さすがだな。君にはいつも助けられる」
和藤はほむらの言葉に心を満たしながら微笑んだ。
「当然です。私はあなたのワトソンですから」