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第56話

 暖かくなり、アイスが食べたくなった頃、ボクは水泳部が遠征のため解放されていたプールに来ていた。水の中では水着の女子高生が楽しそうに泳いでいる。

 そんな中、ボクはプールサイドに置かれたベンチで一人くつろぐ女子高生の隣に座った。

「やられたよ」

 開口一番ボクがそう言うと隣の女子高生は見覚えのある不敵な笑みを浮かべた。

「なんのことかしら?」

「もう少し跡羅レイのことを調べるべきだった。前の学校で演劇部に入っていたことや、その時男子部員が少なかったことから男役ばかりしていたことを知っていれば、少しは間抜けに思われなかっただろうに」

 そう。ボクの隣にいる女の子の正体があの跡羅だった。跡羅は男装した女子だったのだ。

「バレたら困っていたわ。あの計画はこっちに来る前から練っていたからね。学校もLGBTに寛容なところをを選んだおかげで男子の制服を着ていてもなにも言われなかった。あたし自身は普通に女なんだけどね。あっちが勝手に察してくれたよ」

 跡羅は楽しそうに笑った。こうして見ると女子にしか見えず、ボクは嘆息する。

「あなたは最初からボロボロの新聞はカモフラージュに使うつもりだった。手品のように全ての意識をそちらに向け、裏で動いていたわけだ。洲本を破滅させるためにね」

「そうよ」と跡羅は頷いた。「謝罪すれば許してあげるつもりだったんだけどね。想像以上にあいつはクズだった。だからあなたを利用したの。伝言してと言えば必ずあいつに会う。その後ろを原付でついて行って泊まっているホテルを突き止めればあとは簡単だったわ。ラウンジであいつが出てくるまで待って、ファンだと言って連絡先を交換する。もちろんメイクも変えてウィッグも付けてね。愛莉に似せてやったらあいつはすぐに食いついたわ。そうしてロケが終わってから会う約束を取り付けたの」

「そして年齢を偽りホテルの部屋に行った」

「勘違いしないでね。飲ませてすぐに寝かせたからなにもなかったわ。でも動画や写真はたくさん撮れた。結構良いお金になってくれたわ」

「余裕があるわけだ。あなたにとってボロボロの新聞なんてどうでもよかったんだから」

 ボクがやれやれと肩をすくめると跡羅は楽しげに笑った。

「ちなみに両親がアニメ好きってのは本当。アムロじゃなくて綾波の方だけどね。男のキャラは前に演じてた役をそのまま使ったの。でも危なかったわ。あの執事さんにつけられた時は。あいつと会うためにも計画を変えるしかなかった」

「ボクとすれば動いて情報を出させるつもりだったからな。結果としてそうなったが、そのせいで更に視線はあの家に向いてしまった。あの男がすぐに帰らないと言った時に気付くべきだったが。和藤も珍しく反省してたよ。ボクが襲われていたのを見たせいで感情が邪魔をして冷静に観察できなかったと」

「あら。大事にされてるのね。キスでもしておけばよかった。そうすればかつお節も持ってなかったかもしれないし」

「もしそうなら本当にお嫁に行けなくなっていたかもしれない」

 ボクらは互いに小さく笑い合った。笑い終わると跡羅は立ち上がった。

「そろそろ行くわ。バイトがあるから」

「その前に教えてほしいことがある」

「なにかしら?」

「あのお金だ。新聞のコピーと一緒に送った百万円。あなたは今もお金に困っている。なのにどうしてあんな大金を送ったんだ? そりゃあ一方的な手切れ金を受け取るのはイヤだっただろうが、わざわざ婚約者に送る必要はないはずだ」

 跡羅は微笑んだが、そこには寂しさが混じっていた。

「あれは慰謝料よ。婚約者と一夜を共にしたんだもの。慰謝料を請求されてもおかしくないわ。裏切られた女の気持ちはよく分かるからせめてものお詫びに送ったの」

 跡羅は振り向くとぐーっと伸びをして笑った。

「これで全部話したわ。もうあなた達を気にしなくても済む。あたし達は自由になったのよ。これからはのびのびと暮らすわ。あたし達三人でね」

 跡羅は優雅にプールサイドを歩いていく。

 ボクはつくづくすごい人だと思いながら声をかけた。

「あとで出産祝いを贈るよ。なにがいい?」

 跡羅は振り向かずに手だけ軽く上げた。

「かつお節にしてくれ。ノートンも好きだし、離乳食にもなる。じゃあな。名探偵」

 それだけ言うと跡羅レイは静かにプールから去っていった。

 それからだ。ボクも和藤も跡羅のことを話す時はいつもこう呼んだ。あの女(ひと)と。

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