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第54話

 それを言うと跡羅は目を見開いた。ボクは続けた。

「当然だろう。場所が分かればすぐに奪われるようなら安心なんてできない。無論鍵を付ける。そうすれば在処が分かっても鍵が見つからない限り安全だ。ここの壁は薄いから無理に壊せば警察を呼ばれるだろうし、なによりも防空壕を利用した地下室なら頑丈に決まっている。つまり最初から我々はボロボロの新聞の在処と鍵の在処を導き出す必要があったわけだ」

 ボクは腕を組んでタイマーをチラリと見た。残り時間は三分になっている。

「ほむ。ボロボロの新聞の在処はなんとなくだが分かった。地下室だ。なら鍵の在処は?」

 跡羅はなにも答えない。視線を動かすこともしなかった。自分から答えを言ってしまうリスクを嫌っているんだろう。つまり地下室はこの部屋にある可能性が高い。

 ボクは考えながら部屋の中を行ったり来たりした。

「これが問題だ。小さな鍵なら身に付けられる。今だって持っているかもしれない。しかし襲われる可能性があるのにそんなことするだろうか? ボクならしない。そこから地下室へのヒントを与えてしまう可能性があるからだ。せっかくかけた保険から本丸が判明してしまうことは避けたいのが気持ちだろう」

 実のところ、ボクはまだボロボロの新聞も鍵の在処も分かっていなかった。

 跡羅は「あと二分だぞ」と告げる。和藤はボクを見つめていた。その目はボクを信じてくれている。

「……理想はなんだろうか? そこを考えてみよう。新聞の在処も鍵の在処も分からないこと? いや、それは理想だとは言えない。最も素晴らしいのは新聞の在処も鍵の在処も分かりながら手に入らないことだ」

 ボクは自分でそう言ってハッとした。全ての推理が繋がり、真実の姿が映し出される。そんな気がした。

 なるほど。これがホームズの視界か。

 ボクはそう思うとくるりと踵を返して跡羅を見つめた。跡羅にはもう先ほどまでの余裕はない。

 ボクは跡羅を指さして言った。

「つまり、ボロボロの新聞の在処が分かると同時に鍵の場所が移動するんだ」

 ボクはノートンへと歩み寄り、そっと抱き上げた。そしてすかさずノートンが寝ていたクッションを移動させる。

 するとそこには人が一人入れるくらいの小さな地下収納が出てきた。

「やっぱりな。この子は用心深い。もし寝ている間に放り出されたらすぐに猫用のドアから外に出てしまうだろう。そもそもほとんどの人が気持ちよく寝ている猫をどかす罪悪感に耐えきれず、クッションの下を確認できないだろうが」

「そこまでは考えてねえよ」

 跡羅は小さく嘆息し、ニヤリと笑った。

「だけど呑気にしていたお前の負けだ」

 跡羅がそう言った瞬間ボクが抱いていたノートンが暴れ出した。

「なっ!?」

「猫には二種類ある! 抱かれるのが好きな猫とそうじゃない猫だ! うちのノートンは後者なんだよ!」

 ノートンはボクの手に爪を立てて脱出した。そして部屋の外へと矢のように走って行く。

「むかつくとあいつは家の外に出ていくんだ! これで首輪に付けた鍵は手に入らない! あと一分を切ったぞ! オレの勝ちだ!」

「それはどうかな?」

「この状況でどうするつもりだよ?」

「こうするつもりさ」

 ボクは和藤に近づき、ポケットを探った。

「うちの助手は優秀でね。認めたくないがおそらくここに来るずっと前に新聞の在処と鍵の在処に気付いていたはずだ。そんな彼がこの状況を想定していないはずがない。つまり」

 ボクは和藤のポケットからかつお節のパックと扇子を取りだした。

「当然解決策を用意しているはずだ」

「はあ? あのな。そんなんでうちのノートンが来るわけねえだろって来たし……」

 ノートンはボクがかつお節を扇ぐとどこからともなくやって来た。呆れる跡羅をよそにかつお節のパックをクンクンと匂っている。

 ボクはその隙に首輪の裏を探り、磁石テープでくっつけられていた小さな鍵を見つけた。それを使って地下収納を開けると中にはせんべいの缶が出てきた。どうやら地下収納に降りると横道が庭まで繋がっているみたいだ。

 ボクは缶を取りだして蓋を開けた。そして中にあったボロボロの新聞を持ち上げると同時に和藤がタイマーを止めた。

 残り七秒。ボクは見事勝利した。

「おめでとうございます。我がホームズ。見事な推理でした」

 和藤はそう言うが皮肉にしか聞こえない。なにせかつお節のパックと扇子を持っている時点で全て分かっていたことを自白したようなものだ。おそらく猫の捕まえ方を沢森に聞いたのだろう。

 ボクはやれやれと肩をすくめた。

「まあ、少しは成長したということかな。どちらにせよ。君のおかげだ。ボクのワトソン」

 和藤は柔和に微笑み、ボクもつられて笑った。

 それを見て跡羅は苦笑しながらかぶりを振った。

「やられた。名探偵は二人いたわけだ」

 跡羅は先ほどまでノートンが座っていたクッションにお尻を乗せた。

「奪い返したりしないんだな?」

「しねーよ。後ろのストーカーが怖いからな。それに元々これが見つかった時点でやめるつもりだったんだ」

「どういうことだ?」

「これはオレの独断で行われてたってことだよ。愛莉は知らない。もうすぐ出産だからな。余計なストレスを与えたくなかったんだ。あいつは随分前に諦めてた。もうどうにもならないってな。だけどオレは違う。むかついてた。当然だろ? 実の姉だぞ。それにあんなことをされて黙ってるわけにはいかない。でも同時にやめ時も大事だ。やりすぎれば愛莉にまで被害が及びかねないからな。あいつが破滅するか謝罪するか、この計画が見つかるか。そのどれかが訪れたらおわりだ。そう決めてた」

「これを使って洲本を破滅させることはできただろう?」

「やられた本人がもういいって言ってるんだ。被害者が出てこなけりゃ真実だろうが意味がないよ」

「なるほど。破滅は無理だが謝罪させることはできたわけだな」

 跡羅はこくりと頷くと近くにいたノートンを自分のお腹の上に乗せて仰向けになった。

「あー……。疲れた……。負けたよ。完敗だ。だからお前らもう帰れ」

 ボクは和藤と顔を見合わせた。和藤は小さく頷く。ボクらが玄関に向かうと跡羅は天井を見上げたまま告げた。

「あいつに会ったら言っといてくれ。それは返してやる。でもオレはお前を許さないって」

「…………承知した」

 ボクは静かに頷くと和藤と共に玄関から外に出た。車に向かいながら振り向くと勝ったはずなのに心がチクチクする。

 成長の喜びと後悔が入り交じる。そんな感情を持ったまま、ボクらは姉弟と一匹の猫が住む古ぼけた平屋から去った。


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