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第50話

 ボクらはまず昨日のうちに和藤が調べた跡羅の家に向かった。

 車を近くの駐車場に駐め、少し歩くとそれはあった。郊外にその平屋は庭が広かったが手入れがされていないため余計に寂しく思えた。

 しかし庭の一部には花が植えられ、これからここで長く暮らしていこうという気配が感じられる。

 周りの家も古く、昔からの建物ばかりだ。道を歩く若者は少なくてお年寄りがほとんどだった。

 都会に疲れた女性がやり直すにはぴったりの場所だろう。少なくともここには排ガスも口が上手い役者もいない。

 平屋を囲うブロック塀は低く、外から中が丸見えだった。カーテンもしていないせいか道路からでも居間で眠る猫がよく見える。

 使い込まれたクッションの上で丸くなり、時折動いたかと思えば体勢を変えてまた寝ていた。

 こんな塀じゃプライバシーもなにもあったもんじゃないが、どう見ても中に盗るようなものはないため、逆に防犯装置として機能していた。

 泥棒からすればかなりやりにくいだろう。少しでも道路側に立てば外から見られる可能性がある。もしそれが近所の人なら通報されてもおかしくない。

 脆弱故に強靱。そんな印象を受けるが、元々田舎のセキュリティーなんてこんなものなのかもしれない。

「空き巣からすれば厄介そうな家だな」

「かもしれませんが、そういった発言は控えた方がよろしいかと」

「分かってるさ。どうやら彼は留守みたいだ。今のうちに近所へ聞き込みをしてみよう。なにかボロボロの新聞に繋がること情報が得られるかもしれない」

 隣の家を覗いてみるとちょうど老婆が庭の手入れをしていた。しわくちゃで腰が曲がった小さなお婆さんだ。動きがゆっくりでかわいらしい。

 ボクは家の前の道から声をかけた。

「こんにちは。ご婦人。失礼ですが隣の跡羅家について聞きたいことがあるのですがお時間よろしいでしょうか?」

「んー? なんか言ったかい?」

「お話を聞きたいんですが」とボクは少し大きめの声で言った。

 しかしお婆さんは首を傾げる。

「耳が遠くてねえ。中に入っておいで」

 お婆さんに誘われボクは庭に入った。縁側で並んで先ほどのことを聞き直すとお婆さんは色々と話してくれた。

「二人とも良い子だよ。レイちゃんは色々と手伝ってくれるし。愛莉ちゃんの方は身重みたいだねえ。元気な子が生まれるといいねえ」

「……そうですね。変な質問ですが、あの姉弟が庭を掘っているところなどを見ていませんか?」

「庭?」

「はい。花を植えているみたいですけど、それ以外になにかこう、箱みたいなものも一緒に穴に入れていたなんてことはありませんでした?」

「ないと思うねえ。あの花も植えたのはあたしだよ。ちょうど余っていたからいつも手伝ってくれる代わりにって。その時も別に変なところはなかったと思うよ。庭いじりをしているとどこか掘ってたらすぐに分かるからねえ」

「ほむ。そうですか」

 庭に埋めたということはなさそうだ。ならやはり家の中か。そう考え出した時に老婆はなにかを思い出した。

「……あ。そう言えば庭のどこか防空壕があるとは言ってたよ。昔の人が掘ったみたいで、今でもどこかから入れるとかなんとか」

「防空壕ですか……」

「どこから入るかは知らないけどねえ。古い家だからあっても不思議じゃないよ」

 となるとボロボロの新聞はそこか。たしかに防空壕なら空き巣も予想していないだろう。

 ボクはチラリと和藤を見た。和藤はまだなにかを知りたそうな顔をしている。

 他に聞けることがあるんだ。それを考えろ。

「……そうだ。あの姉弟からなにか預かってないですか?」

「預かる? う~ん。ないと思うよ」

「手元になくてもいいんです。例えば一緒に庭いじりをしていた時、そこになにかを埋めていたとか」

「あんたは埋めたがるねえ。そういうのもないはずだけどねえ」

「そうですか…………」

 冷静に考えればお婆さんにボロボロの新聞を預ければ危険に晒す可能性がある。他の人でもそうだ。これで誰かに預けた線は消えたな。

 すると和藤が「おや」と僅かに弾んだ声を出した。

 なんだと思って視線を追うと、塀の上に猫が一匹立っている。

「あ」

 間違いない。ノートンだ。平屋から出てきたのか。

 ノートンは用心深くボクらをじっと見ていた。するとお婆さんが笑う。

「あれま。普段なら降りてくるのに今日はあんたらを警戒してるみたいだねえ。大丈夫。悪い人達じゃないよお」

 お婆さんの説得も虚しく、ノートンは塀の向こうに降りてしまった。どうやら中々用心深い性格みたいだ。

「よく来るんですか?」

「猫ちゃん? うん。でも気まぐれだからねえ。来たい時に来るし、そうじゃない時は来ないよ。でもレイちゃんがアルバイトで遅くなると庭にぽつんといるよ。お腹が減ったってねえ。その時のために猫缶を買ってあるんだよ」

「へえ。自由ですね」

「それが一番だよ」

「たしかに」

 ボクは頷きながらまた和藤を見上げた。和藤はボクに気付き、ニコリと笑う。

「ではそろそろおいとましましょうか」

 和藤がそう言うのでボクらはお婆さんに挨拶して道路に戻った。跡羅家の周りの道を歩きながら和藤に尋ねる。

「どうやらもう在処が分かったみたいだな?」

「滅相もない。具体的なことはまだ分かっていません。ただ少しずつ網は狭まっています」

「それは感じる。結局のところ、探偵の仕事というのは地味なもんだ。情報を得て、整理し、そこから不合理なものを排除していく。その繰り返しだ」

「失望しましたか?」

「やりがいを感じているのさ」

「それはなによりです」

 和藤が嬉しそうに笑うとボクも嬉しくなった。

 だが和藤が言うようにまだ具体的なことはなにも分かってない。しかし間違いなく包囲網は狭まっている。これが完全に縮小した時、真実だけが残っているはずだ。

 そのためにはまだまだ情報がいる。

「今夜の予定は?」

「特には。ただできれば一度家に戻って料理を作りたいですね」

「何分かかる?」

「食材はあるので三十分ほどあれば。見張りますか?」

「ああ。それがいいと思う。もしかしたら跡羅が防空壕の入り口を確認するかもしれないし、ボロボロの新聞を取り出す可能性もある。まあほとんどゼロに等しいが」

「分かりました。では私がその役を仰せつかりましょう。彼がいつ帰ってくるかも分かりませんし、あなた様には英語の宿題が出ていますからね」

 ボクは苦笑した。助手かと思えば執事が顔を出す。油断も隙もない。

「そうしてくれると助かるよ。安心してくれ。手当は出す」

「それなら今日はお肉にしましょう」

 和藤はそう言い、楽しそうに献立を考え始めた。


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