跡羅はどこからともなくうちの名刺を取りだした。
「……手癖が悪いな」
「手品ってさ。色々と種類はあるけど結局は視線の誘導が大事になるんだ。人は動いている物を目で追いかける。だから指を鳴らしたりして注意を惹くわけさ。あとはこうして話をしたりしてね。それにしても不思議じゃない? なにせわざわざ騙されにいくわけだ。しかもお金を払ったりしてさ。だけど手品が成立するのは両者の合意があるからだよね。騙す側と騙される側の同意がさ。でも生活に目を向ければ大抵はそうじゃない」
「……なにが言いたいんだ?」
「よくあるよね。騙す方が悪いとか騙される方が悪いってやつが。あれは詰まるところどっちも悪いから起こる議論なんだよ。騙す方は悪い。そりゃあそうだ。騙される方も隙があったから騙された。だからそこは注意すべきだろう。うん。これもまあ納得できる。だけどさ」
跡羅は先ほどまでの柔らかい雰囲気を一変させ、ギロリと睨むと顔と顔があたりそうになるまで近づいて来た。
「騙されるのはいつだって気分が悪いものだろ? 違うかい? いや、違わない」
ボクはゴクリとつばを飲んだ。
「……脅しに来たのか?」
跡羅は離れてからまた元のつかみ所がない雰囲気に戻り、かぶりを振った。
「それは正確な表現じゃない。ただオレは怒ってるんだ。愛莉がなにか悪いことをしたか? 確かにあいつはのんびりしたところがある。オレから言わせれば隙だらけだよ。でもだからと言って一方的に別れを切り出された挙げ句、中絶しろとまで言われる筋合いはないはずだ」
ボクは口を開けて驚いていた。今のは聞いてない。あの男、嘘を言うなと言ったのに。
「……それは、その…………」
「ご愁傷様です? 違うだろ。言葉じゃない。オレが求めているのは行動だよ」
そう言うと跡羅はボクをベンチに押し倒した。上に乗り、再び顔を近づける。
「な、ちょ……」
「求めてるのはどちらか一つ。謝罪か破滅だけ。謝るなら養育費を払える状態にさせてやる。でも、それがなければ」
跡羅はボクの両手を片手で握り、空いた手でブラウスのボタンを外して冷たく告げた。
「どんな手を使っても潰す」
本気の目だった。この人なら情け容赦なくやってのける。そんな恐ろしい目だ。
「ボクにどうしろって言うんだ!?」
「今のをあいつに伝えてくれればいい。そして手を引くんだ。そしたらこんなところで剥かれなくて済む。簡単だろう? それとも教室まで裸で帰るか?」
「そ、そんなことされたらお嫁に行けない……」
「じゃあちょうどいい。あいつの気持ちが分かれば君も手を引くだろう」
跡羅は容赦なく三つ目のボタンを外した。
ボクが悲鳴をあげそうになった、その時だった。屋上のドアが開き、そこから和藤が出てくる。和藤はボクと跡羅を見て目を見開いた。
跡羅はボクの上で感心している。
「なるほど。誰だか知らないけど、どこかのタイミングで呼ばれてたか」
その通りだった。ボクは跡羅に押し倒されたタイミングでスマホのストラップについた肉球をぎゅっと握った。すると和藤に電話がいくようになる仕組みだ。
渡された時はこんなもの要らないと言ったけどいざという時には役に立った。それにしては到着するのが早い気がするけど。
和藤は跡羅を冷たく睨んだ。
「ほむら様から離れてください」
「言われなくても離れるよ。襲ってはみたけどこの子じゃ興奮できないし。オレ、もっと大人じゃないとダメなんだよね。ほら。なんだかんだ言ってもシスコンだから」
跡羅は失礼なことを言いながらボクから離れた。その足で和藤のいる出口に向かう。
ボクは胸元を隠しながら安堵して立ち上がった。
「……さっきのこと、依頼人には言っておきます。でも……」
「聞かないだろうな。知ってる。あいつはそういう男だ。自分のこと以外興味がない。あんな奴のどこがいいんだろうな。我が姉ながら分からないよ。じゃあ、また会おう」
跡羅は和藤とすれ違う時妖艶に笑った。
「良いネクタイだね。引っ張りたくなる」
それだけ言うと跡羅は屋上から去って行った。