困っている人を助けられる人になりなさい。
ボクが祖父から言われ、今でも大切にしている言葉だ。
とても良い言葉だと思うし、とても強い言葉だとも思う。
弱い人に他人は助けられない。強くならなければ誰かが困っていても手を差し伸ばすことはできないんだ。
だからこそボクは探偵になろうと思ったし、ホームズにも憧れた。
だが、今回ばかりはこの言葉を恨めしくも思う。洲本に助けを求められた時、この言葉が頭の中でふっと蘇ったせいで断ることができなかったからだ。
翌日の昼休み。ボクは一人屋上のテラスでベンチに座っていた。テーブルには隠して持ってきた写真を置いている。辺りには誰もおらず、推理をするには絶好の環境だ。
写真には別れた愛莉さんが身を寄せている実家の平屋が写っていた。猫鮭市内にあるそうなので放課後に行ってみよう。
しかし洲本のやり方は気にくわない。空き巣に入ったり、外出先で鞄を漁ったりとやりたい放題だ。
だけど同時にそこまでしても見つけられないボロボロの新聞には興味があった。
平屋なので大した数の部屋はない。ある程度散らかっているそうだが、プロの泥棒ならそれも大して苦にしないだろう。なのに見つけられていない。
写真と一緒に付属されている資料にはどこを探してもない旨が書かれていた。
玄関、なし。洗面所、なし。居間のタンス、なし。冷蔵庫、なし。寝室、なし。
泥棒はなんと屋根裏まで探したそうだが、そこにもないとのことだ。
いたのは可愛い猫が一匹。クッションの上で寝ていたので起こさないように注意したそうだ。ハートの首輪がチャーミングだった。
名前はノートン。空き巣が入ってきても大人しかったが、近くに寄ると逃げていったそうだ。裏口には猫用のドアがあり、そこから出て行ったらしい。
空き巣に入ったのは計三回。だがボロボロの新聞はおろか、その在処さえも見当が付かないというお手上げ状態だ。
「……かわいいな」
ボクは丸くなって眠るノートンの写真を眺めながら呟いた。
「だろう?」
突如として降ってきた声にボクはハッとして顔を上げた。
するとそこにはさっきまでいなかったはずの男子生徒が立っている。
初めて見る人だ。真っ白のYシャツにネクタイを締め、黒いスラックスを履いている。
すらりとした体型に小さな顔。切れ長の目でボクを見つめ、色っぽく微笑んでいる。
美少年。その言葉がよく似合う男子生徒だった。
彼はボクを見下ろして尋ねた。
「ねえ。ネクタイを引っ張ってみたいと思ったことはないかい?」
「……え? ネクタイ?」
彼はボクに顔を近づけた。柑橘系の良い匂いがし、思わずドキッとしてしまう。
「そう。オレはある。無防備な生徒を見ると引っ張ってみたくなるんだ。きっと驚くだろうね。目を丸くするか、キョトンとするかは分からないけどさ。ぐっと引っ張って顔を近づけるんだ。やってみる? オレはやらないけどね」
彼はボクから離れるといつの間にかに持っていた生徒手帳を広げ、読んだ。
「なるほど。一年生なのか。名前は写楽ほむら。ふむ。可愛い名前だね」
「な!」
ボクは慌てて胸ポケットに入れていた生徒手帳を確認したが、ない。
彼はにこやかに続けた。
「あだ名はほむちゃん? それとも小さいからほむすたーとか?」
「誰がほむすたーだ!」
「あはは。いいね。脱走した挙げ句コードとか囓って感電しそうな元気の良さだ」
彼はそう言うと生徒手帳を立ち上がったボクに返した。
「き、君は誰だ? 何者だ?」
「名乗るほどの者じゃないし、第一名乗るのは好きじゃない。だけどまあ、名乗るとしよう。オレの名は跡羅レイ。遺跡のあとに羅漢のらで跡羅って読む。名前はアムロ・レイのレイだ。知ってる? シャアを投げた人」
「一応聞いたことはあるが……」
「両親がアニメ好きなんだよね。だからこうなった。名前としては気に入っているけど、ある種の悲劇だよ。まあカミーユじゃないだけマシだけどね。どちらにせよ女みたいな名前なんだけどさ。名前を付けた両親も今はいない。離婚してね。親権は母親に移ったけどその人も別の男と暮らして家にはいない。今は姉と祖父が残した家に二人暮らしさ」
跡羅はそう言うとこれまたいつの間にか手に取っていた写真を見つめる。
「うわ。これオレのベッドじゃん。やだな。エロ本とか隠してるのに」
「じゃあ、やはり君が……」
「そう。愛莉はオレの姉だよ。かわいい名探偵さん」