放課後。ボクが和藤と事務所にいると真里亞がやってきた。
親戚から一粒三千円するイチゴがたくさん送られてきたそうで、それを使ったケーキを手作りしたから一緒に食べよう。というのは建前で、本音は和藤に会いに来たそうだ。
ケーキの入った箱を開けた時、どう考えても料理のできない真里亞じゃ作れないようなイチゴたっぷりケーキが出てきた。おそらくメイドにでも作ってもらったんだろう。
和藤はそれを見て微笑んだ。
「素晴らしいケーキですね。これだといつもの紅茶では失礼です。たしかもらい物の良い茶葉があったはずですから少々お待ちください」
和藤がキッチンに向かうと真里亞は「わたしも手伝います」と甲斐甲斐しさをアピールしてついていく。
こうやって後ろから二人を見ているとなんだかお似合いで、だからか少し疎外感を覚える。ホームズもワトソンが結婚した時はこんな気持ちだったんだろうか。
ボクがホームズの気持ちに思いを馳せているとインターホンが鳴らされた。
「ボクが出るよ」
和藤が「ありがとうございます」とお礼を言うのを聞きながらボクは立ち上がり、一階まで降りると入り口のドアを開けた。
するとそこにはマスクを付け、おまけにサングラスまで装備したスタイルの良い男性が立っていた。彼はボクを見下ろすと尋ねた。
「ネットで調べたのだが、ここは探偵事務所だそうだね?」
「そうです。依頼ですか?」
「ええ。まあ」
「では中にどうぞ。事務所は二階です」
男はどこか不安そうだったがそれでも辺りを見回してから中に入った。
ボクらは一緒にの事務所に上がった。「依頼だ」とボクが言うと和藤はさっと紅茶をテーブルに出し、真里亞は隣の部屋に移動した。
男は事務所の中をぐるりと見ると椅子に座った。
ボクが正面の席に着席すると男は意外そうに和藤を見た。
「あちらの男性が探偵では?」
「いえ。探偵はボクです。彼は助手ですから話を聞く必要がありますが」
「この子が探偵?」
男は和藤に確認を取った。和藤は柔和に笑う。
「ええ。こちらがこの探偵事務所唯一の探偵、写楽ほむら様でございます」
しかし説明を受けても男は納得していないようだった。紅茶のカップを左手で掴んで持ち上げ、一口飲むと複雑そうに小さくかぶりを振った。
「ええと。こちらに来たのは大変高貴な方の代理でして。私はその従者をしている者なんです」
「その方のお世話をしているんですか?」とボクは聞いた。
「そう考えてもらって構いません。執事というと分かりやすいですかね。私の主人は大変複雑な問題を抱えており、なのでその、依頼の内容は絶対に外部へ漏れるわけにはいかないのです。あと引き受けるからには達成してもらわないと困ります。ああ、もちろん成功報酬は払いますよ。それなりの額をね」
「報酬に関しては受け取っていません。経費がかかった時は請求させてもらう場合もありますが」
「いくらでもお払いしますよ。目的が達せられたならね」
男はまた紅茶を飲んだ。緊張しているのかもしれない。話し方は自然だが、振る舞いが少しぎこちない。
「では依頼の内容をお聞きしていいでしょうか? ええと」
「倉持と申します。しかしこれは……」
「偽名ですね」
「ええ。まあ……」
「そしてあなたは執事でもないし、高貴な方というのも存在しない。違いますか?」
サングラスの奥で目が見開かれる。
「な、なんで?」
「簡単ですよ。あなたはまるでマナーがなってなかった。紅茶のカップは左手で持つべきではありませんし、ローテーブルの場合はソーサーを持ち上げるべきです。取っ手に指を入れるべきでもありませんし、飲む時は頭ではなくカップを傾けなくてはいけません。ボクがマナー講師じゃなくてよかったですね。山奥の別荘も買えていなかったでしょう」
ボクはやれやれだぜと肩をすくめた。
「高貴な方の執事ならそれくらいのマナーは知っているはず。つまりあなたは執事でもないし、そんな人も存在しない。その上に顔を隠して周りを気にしている。このことから世間に顔が知られていることが分かります。そしてマナーは知らなかったが執事の演技は悪くありませんでした。ここから判断するにある程度名の知れた俳優なのでは、と言うのがボクの推理です。いかがでしょうか?」
「……驚いたな」
男は笑いながらサングラスを取り、マスクを外した。