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第40話

 みんなを事件のあった雑木林に連れてくると取戸が口を尖らせた。

「おい。ガキ。こんなところに連れてきてどうする気だ?」

「無論、事件を解決する気ですよ」

「解決? もうしてるだろ?」

「ええ。ある意味ではそうです。事件は解決しました。しかし真実は別にあります」

 取戸は眉根を寄せ、屈んでボクと目線を合わせた。

「お前は谷が犯人じゃないって言いたいのか?」

「……いえ。犯人は谷です」

「じゃあ――――」

「しかし真実は違う」

 取戸は訳が分からないと顔をしかめ、和藤を見つめた。和藤はニコリと微笑む。

「あなたも知っているはずですよ。ほむら様は名探偵なのだと」

「……どうせまたあんたの入れ知恵だろ?」

 嫌味っぽい取戸の言葉にも和藤は微笑をたたえるだけだ。

 取戸は小さく嘆息してボクに向き直し、前髪をいじった。

「なら名探偵。見解をお聞かせ願おうか?」

「まあ、そこまで言うなら」

 ボクはカチンときている取戸を無視して続けた。

「今回の事件をおさらいしましょう。まずボスネコと呼ばれる谷が森さんを呼び出した。森さんは鉄板を仕込んだ煉瓦本を持って谷とここで会いました。それからしばらくあとに息子である悠人さんがお父さんを追ってやってくると森さんは倒れていた。悠人さんはすぐに助けを呼び、近くにいた棚田さんが駆けつけ、家に戻って救急や警察に電話をかけたわけです。そうですね?」

 ボクが問うと取戸、息子さん、棚田さんが頷いた。ボクは続ける。

「状況証拠だけを見れば谷の犯行は明らかです。谷は森さんを強請ったが上手くいかず、逆上して襲いかかり、煉瓦本を奪って殴った。そう考えるのが自然でしょう。しかしいくつか不自然な点があります」

「不自然?」と取戸が首を傾げる。

「ええ。まず一つ。凶器となった煉瓦本には指紋が二つしかなかった。一つは被害者の、もう一つは息子さんのです」

「それは谷が手袋かなにかしてたんだろう」

「その可能性もありますね。本は森家のものですし、親子の指紋があってもなんの不思議もありませんから。ですがそれでもおかしい点がまだあるんです」

「なんだよそれ?」

「靴痕と音です」

「靴痕? 靴痕って谷の靴痕か?」

「いえ。別のです。犯行現場から右側に数メートル離れた場所にある靴痕ですよ」

「そう言えば鑑識さんも言ってたな。じゃあ音は?」

「無論、息子さんが聞いたという金属音です」

 そこまで言っても取戸はポカンとしていた。

「煉瓦本には鉄板が仕込まれてたんだから音がして当たり前だろ?」

「その通り。音はしました。ではもう一度確認してみましょう。悠人さんが金属音を聞いたのはあちらに見える大きな木の近くでしたね?」

「はい」と息子さんは頷いた。

「その時棚田さんはどちらに?」

「何度も言ってるけど、畑で肥料を撒いていたよ。でも音は聞いてない」

「そう。そこがおかしいんです」

 ボクが人差し指を立てて指摘すると和藤以外の全員が不思議がった。ボクは続けた。

「ここからあの木まで大体二十メートルほど離れています。そして面白いことにここから棚田さんが肥料を撒いていた畑も同じ距離なんですよ」

 そこまで言うと和藤以外の全員がハッとし、ボクは頷いた。

「つまり、息子さんが金属音を聞いたのなら棚田さんも聞いてないとおかしいわけです。しかし棚田さんは聞いていない。そして谷もです。それはなぜか? 答えは簡単です。息子さんが聞いたという音はそれほど大きくなかった。二十メートルも離れた場所で聞こえるほどの音ではなかったんです。でも息子さんは間違いなく金属音を聞きました。つまり息子さんは金属音がした時、被害者のすぐ近くにいたんですよ」

「じゃあ」と取戸は息子さんを見た。ボクは頷く。

「ええ。被害者を背後から殴ったのは息子さんです」

 棚田さんはまさかという顔になり、息子さんは青ざめ、ボクは続けた。

「おそらく谷の言っていることは真実でしょう。被害者を呼び出して強請ろうとしたが逆にやられてしまった。谷は逃げましたが、森さんは武器である煉瓦本を投げてしまった。息子さんはそれを拾い、父親を後ろから殴った」

「なら足跡は?」

「息子さんは近くの畑に棚田さんがいるのを見ていた。大きな金属音がすれば変に思ってやってくるはずだと思ったわけです。しかし棚田さんは来なかった。なぜなら金属音はたしかにしたが、離れた場所で聞こえるほどの音ではなかったから。息子さんは仕方なく畑の方に歩き、助けを呼んだんです。あれだけの音が聞こえたのに来ないのだから近づかないと聞こえないだろうと思ってね」

「なるほど……」

「ちなみに棚田さんの娘さんが犯人の可能性も考えましたがかなり低いです。最初は棚田さんが娘さんの犯行を庇ったのかと思いました。でもそれなら棚田さんも男を見たと言えばいい。しかしそう言わなかった。その上、棚田さんが急いで家に戻った時、娘さんは二階にいました。あの畑を横切るのにはがんばっても一分はかかる。棚田さんは雑木林に入ってからすぐに出て、その時に娘さんを見ていないので犯行は不可能です。もし見ていたとしたら庇うはずですし、自分が犯人でも男を見たと証言したでしょう」

 これは全て和藤の問いから辿り着いた答えだ。和藤は犯人を特定したかった。そのために犯人でない人達を特定したんだ。

 棚田さんと娘さんが犯人でないなら息子さんか谷ということになる。そして息子さんは明らかに嘘をついている。なので息子さんが犯人である可能性が高いというわけだ。

 取戸は納得していたがすぐにまた疑問符を浮かべる。

「でも動機はなんだ? やっぱり仕事上のトラブルか?」

「そこはボクも悩みました。しかしおそらくですが復讐でしょうね」

「復讐? じゃあやっぱり親子は仲が悪かったのか? でも暴行するほどのトラブルは確認されてないぞ?」

「いえ。たしかに親子は仲がよかった。でもそれは息子さんは父親の過去など何一つ知らなかったからです。しかし父親の秘密を谷との会話から知ってしまった。森さんの過去から推察するに谷が言っていたネズミ。あれはネズミ講のことだったんでしょう。森さんはネズミ講で若者を騙し、カネを奪っていた。息子さんはそれを知ってしまったが谷が見つかった時のことも考え、ある程度本当のことを言わないといけない。男がいたと分からせるためにも会話を聞いたという証言は大切ですからね。しかし自分の父親がネズミ講をしていたと知られれば会社の信用を失いかねない。なのでネズミとだけ言ったんでしょう」

「……確かに谷の証言では森さんがネズミ講の組織に出資していたことが分かってる。でもそれじゃあ復讐にはならないだろ? 自分が騙されたわけじゃないんだから」

 ボクは俯く息子さんを見て言った。

「先ほどの推理から加害者は息子さんしかありえません。そしてかなりの収入があり、お金に執着しない悠人さんとネズミ講の直接的な関係はない。では誰かのための犯行というわけですが、悠人さんは友達付き合いも趣味もなければ彼女もいません。そう思われていた悠人さんですが、実際は違いました。一人だけ仲の良い人がいたんです。棚田さんの娘さんである有栖さんです。悠人さんと有栖さんは同級生で仲が良かった。それは最近棚田さんが禁煙していることを知っていることからも明らかです。その情報は最近有栖さんと会ってないと知り得ないことですからね。そして悠人さんは相談も受けていた。有栖さんが騙されてカネを奪われたとね。悠人さんはその組織を調べ、名前かなにかを知っていたんです。その名前が父親と話す谷の口から出てきた。だから許せなかった」

 悠人さんは観念したようにうなだれた。

「……誰にも言ってなかったけど有栖とはずっと付き合っていたんです。有栖は言ってました。今やっている仕事を辞めて専門学校に入るつもりだと。夢ができたからそれに挑戦したいんだと。でも思ったよりお金が貯まらなくて困ってもいたみたいです。だから、簡単にお金が増やせるという話を持ちかけられて飛びついてしまった。有栖は後悔してました。馬鹿なことをしたと。もっと考えればよかったと。悪いのは騙した方なのに。ショックから有栖は外の世界を怖がり、引きこもってしまいました。馬鹿な女だからと別れも切り出されましたよ。僕は気にしないでと言いましたが、それさえ信じてもらえませんでした。僕は騙した奴を恨みました。そしてそれが自分の父だと知った時、我慢できなかった」

「なぜあとを追っていったんですか?」

「信じてもらえないと思いますが、勘としか言いようがありません。父はなにかを隠している。家から出る父の背中を見てそう直感しました。普段とはなにかが違うと」

「信じますよ。親子ですからね。一緒に仕事をしていれば尚更でしょう」

 全ての謎が解けたあと、息子さんは黙り込み、取戸はボクを睨んだ。

「おい。ガキ。お前犯人は谷だって言っただろ? 騙しやがって」

「騙してませんよ。犯人は谷です。谷は悪人で、そして被害者も同様だった。その二人に裁きが下っただけです」

「見逃せって言いたいのか?」

「正義というものを信じるなら」

「馬鹿言うな。俺は刑事だぞ? それに被害者がまた目を覚ませば証言が取れる。そうすれば谷の言っていたことが真実だと証明され、悠人さんが犯人であることが分かるはずだ。お前の推理や悠人さんの自白が嘘っぱちだとしても論理が成り立つ。そしたら俺がどう思おうと捕まえることになるんだよ」

 取戸の言っていることは正しかった。そうなれば息子さんを捕まえざる得ない。

 そこでずっと黙っていた棚田さんが汗を滲ませながら突如口を開いた。

「わ、私は聞きました……。金属音を……。たしかに……」

 取戸が複雑そうな顔でなにかを言う前にボクが口を挟んだ。

「なら、ボクの推理は根本から否定されたことになりますね」

「お前な…………」

 取戸が眉根を寄せた時、そこに運命めいた電話が掛かってくる。息子さんはぐったりとしながら電話に出て、目を見開いた。手を震わし、複雑そうな表情を浮かべて顔を上げた。

「……たった今、父が脳死と判断されました」

 その報告はまるで親から子への謝罪のように聞こえた。それと同時に息子が父親を殺した瞬間でもあった。

 ボクと取戸はなんとも言えない顔で互いを見合った。取戸は嘆息し、渋々言った。

「……俺はなにも聞いてない。なにせ今日は非番だからな」


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