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第39話

 森さん宅が見えた時、既に取戸のセダンが家の前に駐まっていた。

 和藤は静かに車を駐めると唇の前で人差し指を立てた。

「どうやら玄関前で話しているみたいです。静かに行きましょう」

 ボクはこくりと頷くとゆっくり車から出た。そして抜き足差し足で門に辿り着く。

 取戸のことだ。聞き出そうとしても本当に大事なことは隠される。でも直接の関係者である息子さんには多くのことを話すはずだ。耳を澄ましていると取戸の声が聞こえてきた。

「実は今朝早く、谷を捕まえたんです」

 それを聞いてボクと息子さんは目を丸くした。

「本当ですか?」と息子さんが聞き返すと取戸は頷いた。

「ええ。既に取り調べを終えています」

「その人はなんて?」

 取戸は言いにくそうに小さく嘆息した。

「なんと言ったらいいのか……。実はですね。谷はこう言っているんです。自分は森さんを強請に行ったと」

「強請?」

「ええ」と取戸は頷いた。そしてまた言いにくそうに続ける。

「谷は札付きの悪でして、詐欺やら盗みやら色々手広くやっている男なんです。我々も捕まえようとしていたんですが、猫のように逃げ足が速い奴でしてね。今回はたまたま病院から連絡があって捕まえられたんです。取り調べで目撃者がいるとこちらが言うと谷は観念して自白しました。あの日、谷は強請のために森さんを呼び出したと」

「それが分かりません。何に対してですか? うちの会社は不正なんてしてませんよ」

「そこは疑ってません。谷が手に入れたのは森さんの過去です」

「過去?」

「……ええ。落ち着いて聞いてください。森さん。あなたのお父さんは昔、詐欺集団のトップだったそうです」

 息子さんは唖然としていた。それはボクもそうだ。取戸はやりづらそうにしている。

「これはあくまで谷の証言でまだ確定したわけではありませんが、内容から言っておそらく本当だろうというのが我々警察の見方です」取戸はまた息を吐いた。「谷は森さんの情報を仲間から手に入れた。そしてその集団を率いていた男が今貿易会社をしていることも知りました。ボスネコと呼ばれた谷ですが、今は新しい勢力圏を奪われてカネが不足していた。その勢力を調べていると過去に森さんが設立し、そこから別れた集団だと判明したそうです。谷は復讐のために得た情報を使って森さんを強請ってカネを手に入れようとしたわけです。森さんが煉瓦本を持って出かけたことから警戒していたのは確実なので、おそらく谷の言うことは概ね正しいと思います」

「……まさか父がそんなことを」

 息子さんは愕然としていた。相当ショックなのがここからでも分かる。

「……じゃ、じゃあ父は脅してきた相手と口論になって殴られたと言うことですね?」

 しかし取戸は重そうにかぶりを振った。

「いえ。谷は違うと言っています。先ほど言いましたよね。谷は病院で捕まったと。谷は森さんを脅した。口外されたくなければまずは一千万用意しろと言ってね。しかし森さんは首を縦に振りませんでした。それどころか谷に対して反抗した。谷の顔を見ましたが、ボコボコでしたよ。なんでも悪だが喧嘩は弱いそうで、それを見抜かれて森さんにやられたと言っていました。最初に本を投げられ、そこで怯むとあとは流れでやられたそうです」

 なんともお粗末な話だった。息子さんも少し呆れていた。

「たしかに父はボクシングをしていました……。でもそれだと……」

「ええ。谷は結局一発も殴ることなく、尻尾を巻いて逃げたと言っていました。雑木林から神社へ抜け、あそこから裏山を越えて乗ってきた車で病院に直行したとね」

「それを信じるんですか? 相手はゴロツキなんでしょう?」

「ええ。もちろん信じてません。谷のことだ。捕まった時のことも考えて、少しでも刑が軽くなるよう証言するつもりだったでしょう。嘘をつくなんて造作もありません。しかし実際に被害者の手には人を殴った真新しい痕が見つかっていますし、あそこで格闘があったことは間違いなさそうです。それは谷の証言と一致します」

「えっと、僕になにを聞きたいんですか?」

 息子さんはよく分からないと首を傾げる。取戸は肩をすくめてため息をついた。

「いやね。証言があればと思って来ただけですよ。谷の言い分を崩せる証言をね。例えば実際谷は被害者に殴られながらも本を手に取り、それで反撃したところを見たとかね」

「それは見てませんが……」

「口論の内容を思い出したとかでも構いません」

「すいませんがそれも……」

「そうですか……。いや、そうですよね。おそらく谷は我々を混乱させようとしているはずです。状況証拠的に谷の犯行で間違いなさそうですし、そうでなくても今まで犯した犯罪で刑務所行きは間違いありません。その、大変な時にすいません」

「いえ。……あの、父が犯罪者だったという話ですが、それを公開しないということはできませんか? 会社や取引先に色々と迷惑がかかるので……」

「それはなんとも言えません。これから調べてみて本当なら起訴ということもあります。しかし今のところ証拠はありませんから被害者の意識が戻ってから取り調べという形になると思います。武器を持って谷と会っていたのですから、その理由が必要になります」

「……そう、ですよね…………」息子さんはうなだれた。「なんでこんなことに……」

 嘆き悲しむ息子さんを見て取戸は複雑そうに沈黙する。そして少し間を置いて会釈した。

「じゃあ、自分はこれで。またなにかあったら教えてください。できればお父さんの過去のことが分かったら署の方まで来てくれると助かります。それで助かる人もいるかもしれませんから」

「……はい」

 息子さんはやるせなさそうに頷いた。取戸は息子さんを憐れみながらも門の前に駐めてあるセダンに向かう。その途中で足を止め、踵を返した。

「あ。あともう一つ聞きたいことが」

「……なんでしょうか?」

「谷の話ですが、金属音は聞いていないと言っているんです。まあ、おそらくこれも嘘ですが、あなたの証言とは食い違います。これについてもなにか思い出したら教えてください。まあ、これから谷を絞ればその必要もなくなるでしょうが。では」

 取戸はまた会釈すると門をくぐった。そしてなんともいえぬ表情でため息をつく。かと思うとセダンのボディに映ったボクらを見てギョッとした。

 取戸は眉間にしわを寄せて小声で怒った。

「お前ら。どこから聞いてた?」

「谷を捕まえたところから」

「最初からじゃねえか! いい加減にしないとしょっ引くぞ! ああそうだ。お前未成年だったな。補導だ。補導してやる。探偵ごっこのやり過ぎ罪でな」

「まあそうカリカリしなさんな。事件はもう解決したんですから」

 ボクはゆっくりと立ち上がった。取戸は腕を組み鼻を鳴らす。

「ふん。今回はお前らの出る幕はなかったがな。谷を捕まればこっちのもんだ。探偵だなんだって言っても所詮はお遊びだよ。警察の組織力には勝てない」

「組織力については同意します。でも出る幕がないは少し違いそうですよ」

 ボクは門の前に体を出し、家に戻ろうとする森悠人さんを呼び止めた。

「悠人さん。もう少しだけお話を伺ってもいいですか?」

「え? ああ。昨日のお坊ちゃん」

 悠人さんは驚き、取戸は「この馬鹿! 大人に迷惑をかけるな!」と怒っている。

 しかし先ほどの取戸と息子さんの会話で事件が解けたボクは気にしなかった。

 和藤は既に棚田さんに電話をかけ終わっていた。

「すぐ来るとのことです」

「うん」ボクは頷き、みんなに告げた。「ではこの事件の真実についてお話しましょう」

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