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第37話

 この事件を解くにはまだ情報が足りない。

 でもボクみたいな女子高生がボスネコの谷を探したり捕まえたりするのは危険すぎる。

 なら今のボクにできるのは関係者から更なる情報を得ることだ。

 息子さんからは多少聞いているので今聞くべきは棚田さんだろう。

 ボクがそのことを和藤に伝えると車に乗せて連れて行ってくれた。

「悪いな。住み込みでもないのに土日とも潰してしまって」

「気にしないでください。土日は手当が付きますから」

 気にしないそぶりの和藤にボクは勇気を出して聞いてみた。

「……その、あれだ。彼女とデートの約束とかはないのか?」

「ありません」

「そ、そうか」

 ホッとしたのも束の間、和藤はこう続けた。

「ええ。今週は大丈夫です」

 今週は? じゃあ来週は? 先週はどうだったんだ?

 モヤモヤを抱えながらもボクは詳しく聞けず、車は静かに走っていく。

 棚田さんの家に着くとボクはインターホンを押した。すると中から二十代くらいの若い女性が出てきて驚いた。

「はい……。どなたですか?」

「あ。その、棚田さんに話を聞きたくて訪ねたんですが……。えっと、娘さんですか?」

「はい」と女性は弱々しく頷いた。

 顔色が悪い。全体的に暗い印象だ。長い髪はごわごわで、ダボダボのスウェットを着ている。伏し目がちでなにかに脅えているようだった。

 ボクが娘さんを観察していると後ろから棚田さんがやってきた。

「おや。昨日のお坊ちゃん。どうかしたかい?」

「えっと、ちょっと話を聞きたくて。お時間大丈夫ですか? あとお嬢さんです」

 棚田さんは「少しなら」と言って出てきてくれた。ボクは隣の畑に向かいながら尋ねる。

「どうやら男はいたみたいですね。谷という名前に聞き覚えは?」

「さあ。聞いたことないねえ」

「そうですか。森さんとはどれくらいの付き合いなんですか?」

「お隣さんだからそれなりに。だけどあっちは色々と商売で忙しいみたいだったから、町内会の付き合いくらいかな。お父さんより悠人くんの方がよく知ってるよ。有栖とも同級生だし、昔はよく家に遊びに来てた」

「ほむう。先ほどの娘さんとですか。失礼ですが娘さんは今何を?」

 棚田さんは答えづらそうにしながらも口を開いた。

「……仕事を辞めてね。今は特に何もしてないよ。イヤなことがあったと言ってたけど、それがなんなのかは私も知らない。でもよっぽどのことだったんだろう。いつもは誰にも会わず、たまにふらりと近所を散歩に出るくらいだ」

 棚田さんが寂しそうにため息をつくのでボクはこれ以上娘さんのことは聞かなかった。

 すぐ横の畑にやって来るとボクは話題を変えた。

「悠人さんの声を聞いた時、どこにいたんですか?」

「そこだよ。雑木林の近くのところだけ白くなってるだろう? あそこで肥料を撒いていたら悠人くんの声が聞こえたんだ。『誰か来てくれえー』ってね。必死そうだった。それで雑木林に入って行ったよ。そしたら悠人くんが森さんの近くで戸惑ってた。私は『どうしたんだ?』と聞いて、悠人くんは『男に殴られた』と答えた。でも周りに男なんていなかったよ。それから私は急いで家に戻って救急車に電話をかけたんだ」

「ほむう」

 谷の存在が確認できてない状況なら棚田さんが嘘をついている可能性もあったが、今となったら本当のことを言っているとしか思えない。

 すると例の如く和藤が尋ねた。

「三つ、質問してもいいですか?」

「なんだね?」

「あの事件がある前に雑木林の中には入りましたか?」

「いや。あそこは森さんの土地だから入ることはないよ」

「そうですか。ではあなたが家に戻った時、娘さんはどこに?」

「そんなこと聞いてどうするんだい?」

 棚田さんは不思議そうに首を傾げた。

「いえ。ただ興味があっただけです」

「どうだったかなあ。……あ。いや二階にいたよ。私がドタドタと帰ってきたら『なにかあったの?』って不思議がってた。お隣さんが倒れたんだって言ったらびっくりしてたよ」

「なるほど。最後に一つ。あなたが雑木林に入ってからどれくらいで家に戻りましたか?」

「どれくらいって、すぐだよ。呼ばれて行ってからこれはまずいと思って救急車を呼びに行った。あの場所にいたのは二十秒もなかったんじゃないかなあ」

「そうですか。ありがとうございます」

 和藤は知りたい情報は全て知れたようだった。それから広い畑を見つめ、納得したような顔になる。

 おそらく和藤は既に事件を解いている。またはそれにかなり近い状況にあるようだ。

 一方のボクはまだよく分かっていない。谷の証言を聞かない限りはどんな答えも出せないだろう。

 しかしそれは推理ではなく、情報を整理しただけだ。ホームズになりたいのなら数少ない情報から可能性を探り、その中から最良のものを見つけ出さなければならない。

 できないのならできるようになるしかないんだ。それを可能にするには小手先の技術を頼るのではなく、ある種生き方を変えるようなことなのだろう。

 ボクが和藤のようになるには全てを俯瞰し、合理性を突き詰める理性の瞳が必要だ。

 後追いでもいい。和藤の考えていることを追跡しろ。

 ボクは棚田さんが家に戻ってからも畑と雑木林を交互に見つめた。

 和藤は棚田さんの娘さんを疑っているのか? たしかに容疑者としては意識の外にいる。でも森さんと谷がいたあの雑木林でなにをしていたんだ? いや、そもそも相手は男だし、凶器は森さんが持っていた煉瓦本だ。娘さんが森さんを襲うことは難しい……。

 だとしたら…………。

「ほむう」

「なにか分かりましたか?」

 唸るボクを和藤は面白そうに眺めていた。

「……なんとなくだが分かってきたよ。真実の見方というものが」

 和藤はニコリと微笑み、「それはよかった」と満足そうに言った。


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