ボスネコ谷の復讐劇 下
森さんがボスネコと呼ぶ谷という男を探し、警察は奔走した。
ボスネコの谷。
その二つ名にボクはなんとも可愛いなと思ったが、取戸は目を見開いていた。
どうやら反応からしてかなり名の通った犯罪者らしい。
しかしやはり男はいたのだ。
息子さんの言うことは嘘ではなかった。被害者が言うのだから確実だろう。
その後被害者は再び意識を失った。
一晩経った日曜の朝。ボクはぼんやりしながら庭を眺めていた。広い日本庭園は定期的に業者が来て手を入れている。中々動かないししおどしには蝶々が止まっていた。
するとそこに父があくびをしながら起きてきた。昨日の夜も仕事で忙しかったらしい。
「おはよう。ほむちゃん。どうした? 元気ないな」
「……いえ。少し考えていただけです。森さんはどうして襲われたのかを。やはり商売をしていると悪い人間と関わりを持つことがあるものですか?」
「ははは。中々厳しい質問だなあ。でも答えはあるだろうと言うしかない。悲しいことに世の中は騙し合いなんだ。一見スーツを着て真面目そうに見えても裏では悪人だったりする。会社もそうだ。資料の上では健全でも誤魔化す方法はいくらでもあるからね。でも大抵はあとで分かる。悪い人は噂になるから。噂が出れば人が離れていく。中には隠し通す人もいるだろうけど、結局後々分かるものだ。悪いことをしてお金を稼いでも、悪い人だと分かれば人と共にお金も離れていくんだよ」
父にしては中々為になる話だった。同時に大人の世界は恐ろしいとも思う。最近は特にそうだ。人は簡単に騙すし騙される。そして暴力だって振るう。
探偵の活動を始めてから人の本性が少しずつだが分かってきた。だがそのせいで疑心暗鬼になってしまう。嘘を見つけられなければ真実は見えてこないのだから。
「……ボクもいずれ悪い大人になってしまうんでしょうか?」
すると父はかぶりを振って笑い、ボクを抱きしめた。
「大丈夫だよ。ほむちゃんは優しいからね。それさえ失わなければ君はいつまでも君のままだ。たとえどんな物事に触れようが、経験をしようがね」
髭がちくちくする。それでもボクは父の言葉で安心した。
そこへメイドの沢森が新聞を持ってやって来た。沢森はボクと父を見て呆れている。
「朝から親子で仲良しですね。うちが高校生の時に父親が抱きついてきたら半殺しやわ」
「あんまりそういうことうちの娘に教えるなよー」と父は口を尖らす。
どうやらこういったスキンシップは他の家庭じゃ珍しいらしい。だとするとなんだか少し恥ずかしい。
沢森は新聞を机に置くと「もう少しで朝ごはんできますから」と言って戻っていった。
父はボクから離れると「気にしないでいいからね」と繕った。
ボクが苦笑していると父は新聞を手に取り読み始める。購読しているのは経済誌と地元新聞だ。今ならネットニュースで事足りそうだけど、父はいつも「地元のことを知っているのは地元の人だけだ」と言っている。
地元を中心に商売をしている父からすれば地元紙は大切な情報源なのだ。
ボクがロキアンでも撫でてくるかと立ち上がると偶然新聞の見出しが見えた。
「そ、それを貸してください!」
「え?」
父が驚いている中、ボクは強引に新聞を奪い取った。父は目を丸くして震えている。
「なに? 反抗期? 反抗期なのか?」
「少し黙ってて!」
「反抗期だあー」
父が頭を抱えてうずくまるのを無視してボクは新聞記事を貪るように読んだ。
そこにはボスネコの谷のことを特集している。
新聞には谷が地元では有名な犯罪者であること。様々な詐欺行為に関与していること。そして警察が谷の行方を追っていることが記されていた。
どうやら谷は札付きのワルらしい。こんな人が関わる事件に首を突っ込んでいると知られれば父がどう思うか。
父は恐る恐るボクを見上げている。
「……落ち着いた? 反抗期終わり?」
仕方ない。こういう時には嘘も必要だ。
「えっと、いや、あ、あれです。占いのコーナーが見たかっただけですよ。ほら、今日の山羊座は中々良いみたいです。自分が良いと思うことをしてみようって」
「……そっか。占いかあ。ほむちゃんもそういうの気にするようになったんだなあ」
父はしみじみしながらも寂しそうだった。どうやらなんとか誤魔化せたらしい。
しばらくして沢森が朝食の準備ができたと呼びに来た。父は新聞を置いて食堂へと向かう。置かれた新聞を見てボクは少し恐くなった。
なにせ筋金入りの犯罪者が関わる事件だ。
だけど逃げるわけにはいかない。ボクはシャーロックホームズを目指しているのだから。