急いで病院に向かうと既に駐車場には取戸のセダンが駐まっていた。
病室に入ると先ほどまで眠っていた森さんの目がうっすらと開いている。
息子さんは父親のいるベッドに飛びついた。
「父さん!」
すると近くにいた医者が静止した。
「お気持ちは分かりますが落ち着いてください。患者さんが混乱してしまいます」
息子さんは頷くと父親から離れた。医者は困りながら説明した。
「どうやら記憶が失われているようです。自分の名前くらいは分かっているみたいですが、古い記憶は……」
まさか記憶喪失とは! これだと男がいたかどうか確認できない。
息子さんもそれに気付いたらしく、慌てて父親に尋ねた。
「父さん。思い出してよ。あの時男と会っていただろ?」
「……悠人か」
父親はゆっくりと視線を動かした。どうやら息子のことくらいは分かっているらしい。
「男…………」
「そうだよ。茶髪だった。なにか言い合ってたじゃないか。ねずみがどうのって」
ねずみ。その単語を聞いて父親はゆっくりと目を見開いた。
「…………コだ」
父親はぼそぼそと言ったが誰も聞き取れなかった。
「え?」と息子さんは聞き返す。
父親は大きく息を吸い、そして重々しく吐いてから苦しそうに口を動かした。
「ボ、ボスネコだ……。ボスネコの谷と会っていた…………」
そう告げてから父親は力尽きるように目を閉じた。
しかし父親はたしかに言った。
男は実在したのだと。