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第27話

 和藤の運転するセンチュリーはボクらを件の住所まで運んでいた。

 後部座席に座るヘレンさんはお行儀良く膝に手を乗せて隣のボクに尋ねた。

「ですがあの住所には誰が住んでいるのでしょうか?」

「はっきりとは言えませんが、いくつか推理はできます。まずはあのCDと関わりがある人物。そして姉妹にも内緒にしないといけないような人物が住んでいるんでしょう」

「あら。ではやはり殿方でしょうか?」

「おそらくは。ただ付き合っているかは分かりません。たとえばその男性と愛の逃避行をしていた場合、わざわざ住所は残していかないでしょう。信頼できる彼氏でもそうです。密室など作らず朝までに帰ってくればいい」

 そこまで言ってボクは和藤がなぜピリピリしているか気付いた。

 ヘレンさんは顔を青くする。

「ではその殿方は危険な人というわけですか?」

「…………かもしれません」

 額に汗が滲んだ。そうか。危険な相手かもしれないんだ。だから和藤はずっとピリピリしている。もしかしたらお姉さんは危害を加えられているかもしれないし、ボクらも危険の中に飛び込んでいるのかもしれないのだから。

 甘かった。謎を解けば万事順調に行くと思っていた。だが現実はそう甘くない。謎の先にも新たな問題が待っている。

「着きました」

 和藤はそう言って車を駐めた。目の前には二階建てアパートが建っている。書かれていた住所はここの二階にある左の角部屋だ。

 ボク達は車から降り、恐る恐る部屋の前までやってきた。

 さて。誰がインターホンを鳴らすべきかだけど、ヘレンさんはさっきから子犬のようにぷるぷる震えており、和藤は飄々としているが重要な役割を助手にさせるのも癪に障る。

 と言うことでボクは震えながらインターホンを鳴らした。

 しばらく沈黙が続き、そして男の声がした。

「……はい」

 ボクは返事に困った。素直にお姉さんを出せと言ってもしらばっくれる可能性は高い。

 すると耳元で和藤が囁いた。

「白猫宅急便だと言ってください」

「し、白猫宅急便です!」

 男は返事もせずに通話を切った。するとアパートの廊下を歩く音が聞こえ、ドアが開けられた。

「はい……ってなんだよ!?」

 男が声を荒げるのも無理はない。ドアが開けられた途端、和藤が前に出てぐっと扉を引いたのだ。

 宅急便が来たと思っていたら美少女が二人と背の高い執事が一人立っていれば混乱するのも当然だ。

「……お前ら、誰?」

 するとヘレンさんが玄関を指さして声をあげた。

「お姉様の靴ですわ!」

 そこには男とは似つかわしくないブランド物もパンプスが置いてあった。

「決まりだな。ボクは探偵だ! 西河サラさんを返してもらおうか!」

 サラさんの名前を聞いた途端、男の形相が変わった。急いでドアを閉めようとするが和藤に止められて閉められない。

「てめえ! はなしやがれ!」

「お断りします。あなたは私の主ではありませんので」

「ふざけんじゃねえっ! このひつじ野郎!」

 男はドアから手を離し、和藤に殴りかかった。その瞬間、鈍い音がしたと思ったら殴りかかった男の方がその場で倒れた。

 和藤はうずくまる男を見下ろし、「執事です」と静かに訂正する。

 ボクとヘレンさんは恐くて目を瞑っていたから見えなかったけど、どうやら和藤の拳が男のみぞうちに入ったらしい。あまりにも速くて分からなかった。

 和藤は震えながら抱き合うボクとヘレンさんに振り向き、優しく微笑んだ。

「では我がホームズ。どうか中へ」

 ボクは慌ててヘレンさんから離れ、取り繕った。

「う、うむ。この男も運が良い。ボクに殴りかかっていたら粉々になっていただろうに」

「そうですね。あなた様のお手を煩わせるまでもないと思いまして、つい」

 和藤はボクを愛でるように笑うと申し訳なさそうに頭を下げた。

 ボクはムッとしたが、今はそれどころじゃない。ボク達は男を跨いで部屋の中に入った。

 中は狭かった。男の部屋だと思っていたけど、置いている雑貨が可愛らしい。どうやら女性の部屋みたいだ。

 ボクはリビングを横切り奥の部屋のドアを開けた。すると中から何かが飛んできた。

「わ!」とボクは情けない声を上げ、目を閉じてしまう。

 しかし体に異常はなく、恐る恐る目を開けると目の前にはボールペンの尖った先端があった。どうやら和藤が咄嗟に投げられたペンをキャッチしたらしい。

 ボクはびっくりしてその場にへたり込んだ。不覚ながらやはり下着の替えが要りそうだ。

「お姉様!」

 ボクの後ろにいたヘレンさんはそう叫びながら部屋の中に入っていく。部屋の中には次なるボールペンを持った後ろで髪を結んだ女性が目を丸くしていた。

「あら。ヘレン。来てくれたのね」

 ヘレンさんがサラさんに抱きつくその横で女性が一人うずくまっていた。

 その女性の手足は紐で縛られている。

 和藤はボールペンをポケットに入れるとそこからカッターナイフを取りだし、女性を縛る紐を切ってあげた。

「恐かったですね。でももう安心ですよ」

 女性は顔を上げると安堵して和藤に抱きつき、そして泣きだした。

 そこでボクはようやく全てを理解し、振り向いた。そこには男が気絶している。

 ヘレンさんが「一体あの殿方はなんなんですの!?」と尋ねたのでボクはこう答えた。

「ヒモですよ。この女性のヒモです」


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