ヘレンさんは目を丸くした。
「どういうことですの!?」
「こういうことですよ! やはり犯人はあなただったんです!」
ボクがヘレンさんを指さすとヘレンさんはムッとした。
「だから違いますわ!」
「失礼。犯人という言い方が悪かったですね。正確には共犯にさせられていたんです。犯人であるサラさんにね」
「まあ。お姉様が?」
ヘレンさんは口に手をあててびっくりしていた。
ボクは自信満々で頷いたが、和藤はまだ浮かない顔をしている。
あれ? 違ったかな? でもこれ以外には考えられない。そうだ。和藤はあくまで助手なんだ。助手の顔色を伺って推理を変えるなんてことは探偵のすることじゃない。
ボクは気を取り直してヘレンさんに尋ねた。
「ヘレンさん。一つ確認したいことがあります。お姉さんはたまに鍵をなくしたと言って来ませんでしたか?」
「ええ。何度かありましたわ。でも少ししたら見つかったと言ってましたけど」
「やはりそうですか。ならこれで決まりですね」
ボクはキョトンとするヘレンさんに説明した。
「状況を整理しましょう。まずこの部屋のドアを閉められる鍵は四本あり、その内の一本、お姉さんの鍵は部屋の中にあった」
ヘレンさんは「ええ」と言ってこくりと頷いた。
「お父さんの鍵は使用も盗難も不可、板倉さんも同様です。更にトリックを使って部屋の中に鍵を入れた形跡もない。そうなれば残るはヘレンさんの鍵だけです。つまりはこういうことですよ。お姉さんの鍵を貸してくれますか?」
「どうぞ」と言ってヘレンさんはお姉さんの鍵をボクに渡した。
「まずお姉さんの鍵でこの部屋のドアを開けます。続いてヘレンさんのドアを開けます。そこには熟睡しているヘレンさんがいる。お姉さんが気付かれないようにヘレンさんの鍵を手に入れることは簡単でしょう。鍵を二本持ったままお姉さんの部屋に戻り、テーブルにお姉さんの鍵を置きます。そして部屋を出てヘレンさんの鍵でロックする。そのあと奥の避難階段の鍵を開け、なにかを挟んでおく。そしてヘレンさんの部屋に戻り、鍵を元に戻すと開けて置いた避難階段から出る。避難階段はオートロックなので勝手に鍵が閉まります。たったこれだけです。ほら。避難階段には中身が入ったままでへこんだスチール缶がありました。きっとこれを挟んだんでしょう」
「そう言えばあの朝、わたくしの部屋は施錠しておりませんでした。わたくしうっかりし忘れたと思ったのですが、あれはお姉様の仕業だったのですね?」
「ええ。この部屋には隣の部屋に通じる穴があります。おそらくお姉さんは椅子の上に立ってこの穴を覗いたんでしょう。ヘレンさんが寝ているかどうか確かめるためにね」
「でも穴からじゃ下は覗けませんわ」
「なに。鏡を使えば簡単ですよ。ドレッサーの上にあった手鏡を使ったんです」
「なるほど……。そう言えばわたくし、たまにお尻を掻きながら寝言を言っているらしいのですが、寝言はともかくどうしてお尻のことまで知っているのか不思議でしたの。あれは鏡で見てらしたのね」
ヘレンさんは恥ずかしそうに頬を触った。かと思えば「あら」と声を出し、首を傾げた。
「でもお姉様はいずこに?」
「え? それはまあ、ただの夜遊びでしょう。お姉さんはお茶目なところもあると言っていましたし、密室はイタズラみたいなものかと」
「でもそれならどうして電話にも出ないのでしょうか?」
「それは……その…………、バッテリー切れとかですかね……」
そうだ。密室の謎は解けたけど、なぜ密室を作ったのかが分かってない。本当にタダのイタズラなら度を超している。お姉さんはなぜこんなことをしたんだ?
雲行きが怪しくなってきたその時、和藤が呟いた。
「せめてどこに行ったかが分かればよろしいのですが」
そうだ。それさえ分かれば今回の事件は解決する。それさえ分かれば……。
そこでボクはハッとした。
もしこの密室自体が何らかのメッセージだったとしたら?
そうだとしたらあるはずのものがない。それのせいでこの事件は複雑化したんだ。
あれがあるとすれば持っているのは――
「板倉さん。なにか隠していることはありませんか?」
ボクが尋ねると板倉さんは微かに目を見開いた。ヘレンさんはポカンとする。
「板倉が?」
「はい。たしかこう言いましたよね。鍵は板倉さんが見つけたと」
「ええ」
「ならあるはずなんです。お姉さんの行方が分かる伝言かなにかが。お姉さんがこの密室自体をメッセージとしたなら必ずね」
「密室をメッセージにした? ですか?」
「そうです。密室を作って消えれば必ず騒動になる。それくらいは簡単に予想ができたでしょう。シンプルだとは言えこれだけの細工ができる人だ。自分になにかがあった時の保険をかけていないとは思えない。つまり自分の居場所を示すヒントを置いて出かけたはずです。しかしそれがどこにもない。なら考えられるのは一つだけ。取り払われたのですよ。第一発見者である家政婦の板倉さんにね」
視線が一斉に板倉さんに向いた。
「板倉さん。もしかたらお姉さんはどこかに閉じ込められているかもしれません。隠しているものがあれば出してくれませんか?」
板倉さんは観念したようにため息をついた。
「……そういうことなら致し方ありませんね」
板倉さんはポケットから一枚のCDケースを取りだした。
「これが鍵の隣にありました。ヘビーメタルなどという下品な音楽のCDがです。これをご主人様が知れば怒られると思い、つい隠してしまいました。お嬢様達の教育も私の仕事に入っていますから……。不良になったと知ればどうなるか……」
ヘレンさんは板倉さんからCDを受け取ると微笑んだ。
「このこと、お父様には内緒ですわね」
「……申し訳ありませんが、そうしていただけると助かります」
板倉さんはホッとして頭を下げた。
そうか。使用人の仕事には主人をよりよい方向に導くことも含まれているんだな。
ボクは和藤をチラリと見上げた。和藤は柔和に笑うが、まだ真剣さが残っている。
そこにはちょっぴり怖さもあってボクはヘレンさんに向き直した。
「ではさっそく中を確認しましょう」
「分かりましたわ」
ヘレンさんはCDケースを開いた。中にはCDが一枚と歌詞の冊子が入っていた。
冊子を開けると一ページ目の余白に猫鮭市内と思われる住所が記入されていた。