安治さんが去ったあと、部屋に残ったボクらはしばらく沈黙した。
「怪しい……。あまりにも怪しすぎる……」
ボクがそう呟くと和藤が小さく嘆息した。
「お気持ちは分かりますが、ここはまず密室の謎を解いた方がよいかと」
「謎もなにもあの人が自分の鍵でここに来て、お姉さんを連れ去り、地下室に閉じ込めたと考えるのが自然じゃないか」
するとヘレンさんが目を丸くする。
「あら。それはありえませんわ」
「え? それはまたどうして?」
「だってお父様が部屋の前を通ればいくらお寝坊のわたくしでもすぐに分かりますもの。探偵さんも聞いたでしょう? あのズシンズシンという足音を。あれでも本人は忍び足のつもりなんですわ。お父様はそれが分かっていて夜遅くにはこちらにやってきませんの。階段や廊下がきしむ音でわたくし達が目を覚ましてはいけないからと」
「そうなんですか……」
その話が本当なら父親が直接手を下した可能性は限りなく低い。
「なら誰かが安治さんの鍵を盗んだのでは?」
「それもないと思いますわ。父は部屋の鍵をペンダントみたいに首からぶら下げてますし」
たしかにあの父親から鍵を盗むことは厳しい。見つかれば握り潰されてしまう。
「なら家政婦の板倉さんで決まりですね。おそらく彼女が連れ出したんでしょう。または鍵を賊に盗まれたか」
「ありえません」
ドアの方から冷たい声が飛んできた。そちらへ目を向けると板倉さんが立っている。
「……と言うと?」
ボクが聞き返すと板倉さんは背筋をピンと伸ばしたままこちらへやってきた。
「鍵は常にこの家の金庫で保管しています。当たり前です。盗まれてはお嬢様達が危険に晒される可能性がありますから。それにこの屋敷の入り口には防犯カメラが設置されています。侵入すればすぐに分かるはずです。周りも高い柵で囲まれていますし」
「言ってはなんですけどこれほど広い屋敷です。誰にも見られずに外へ出る方法はいくらでもあるでしょう。たとえ鍵が盗まれてないにしろ、あなたが鍵を使っていない証拠にはなりません」
「いえ。ありえません」
「なにゆえ?」
「鍵は紛れもなくあの日私が帰ってから次の日の朝にこちらへ来るまで金庫にあったからです。この家の金庫は特注でして、指定されたバーコードを読み取って記録する仕様になっています。私が持たされている鍵にはバーコードが刻まれており、これ以外の物を金庫に入れても記録はされません。気になるのなら確認してみてください」
「な、ならここに来てから密室を作ったのでは?」
「それもありえません。あの朝、私は一人ではこちらの棟には行ってませんから。渡り廊下には階段まで映している防犯カメラがありますのでそちらも確認すればすぐに分かります。キッチンには裏口もありませんし、なにより密室などを作っていては朝食の準備に遅れてしまいます」
板倉さんは凜としてそう答えた。
つまり鍵は外に出ていないし、自分で使ってもいない。板倉さんの言うことが全て本当なら鉄壁のアリバイとなる。そうなれば残る鍵は一本だけだ。
ボクはヘレンさんをチラリと見た。ヘレンさんはギョッとした。
「わ、わたくしですか? わたくしがお姉様を誘拐したと!?」
「いや、その、ありえないですよね……。もしそうならわざわざ探偵を呼ぶ必要がない」
「当たり前ですわ!」
「えっと、なら、その、あれ?」
次々と推理が外れ、ボクは混乱していた。
なら使える鍵はヘレンさんのだけだ。なんらかのトリックが使われたのだろうか?
だけど今のところそういった痕跡はなにもない。窓にも細工がされてなかったし、暖炉も使えないように埋められていた。隣の部屋とを結ぶ穴も外には通じていない。
ヒモやピアノ線を使えば痕が残るはずだけど、そんなものは見当たらなかった。
部屋はボクが来るまで鍵をかけて誰も入っていないと言っているし。ヘレンさんはともかく、板倉さんはこちらに来れば防犯カメラに写って怪しまれる。
安治さんは足音で気付かれるし、板倉さんは鍵を金庫から出していない。そしてヘレンさんには動機がなかった。
なら一体誰がどうやって密室を作ってサラさんを誘拐したんだ?
ボクが頭を抱えてフリーズしていると後ろで和藤が囁いた。
「ならばもう決まりですね」
よく分からないがなにかが決まったらしい。いつも和藤は勝手に決めてしまう。一体なにが決まったんだろうか。
ボクは負けじと和藤の言っている意味を考え、そして気付いた。
「そういうことか!」