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第22話

 驚くボクの後ろで和藤は落ち着いて尋ねた。

「それは本当なのですか?」

「多分ですけど間違いありません。姉は昨日の夜から帰ってきてませんの。連絡もありませんし、こちらから電話やメッセージを送っても音沙汰ありませんわ」

「警察には?」

「それはまだですけど……。電話しようとしたら父に止められてしまいまして……」

「お父様はなぜ止めたのですか?」

「遊びにでも行ったのだろうと言ってましたわ……」

 和藤はそれだけ聞くとなにか考えるように黙り込んだ。

 また勝手に聞き出したりして。だけど結局誘拐なのか家出なのかどっちなんだ?

「なんとなくですが話は分かりました。お姉さんが消え去り、あなたは誘拐だと思って心配しているが、お父様は夜遊びだと言って届け出を出さない。だからボクの元に来た」

「ええ。そうですの」

 令嬢は不安げに頷いた。

「ほむう。しかし今のままだと情報が足りなすぎます。もう少し詳しく教えてください」

「分かりましたわ」

 令嬢はそう言うとまた紅茶を口にして、小さく息を吐いた。

「案外慣れると悪くない味ですわね。ええと、どこまでお話したかしら? あらやだ。わたくしまだ名乗ってもいませんでしたね。わたくしは西河ヘレンと申します。今は父の安治と姉のサラと共に暮らしています。母はアメリカ人で、わたくし達が幼い頃に亡くなってしまいました。それからは父と姉妹だけで先祖代々伝わる屋敷で過ごしています」

「なるほど西河家のご令嬢でしたか。その名前はよく存じておりますよ。なんでも元は貴族の出でたくさんの土地を持ち、かなり大きな屋敷にお住まいだとか」

 ヘレンさんは少し恥ずかしそうにかぶりを振った。

「昔の話ですわ。屋敷はまだありますけど、土地はバブルの時に父がほとんど売ってしまいました。そのお金も自分の研究に注ぎ込んでいます」

「その研究と言うのは?」

「昆虫とかハ虫類とか植物とか、そういう研究です。元は大学の教授をしていたんですが、自由にできないと言って辞めてしまい、今は屋敷にある研究室で色々とよく分からないことをやってます」

「変わった人みたいですね。お姉さんは?」

「大学生です。ほら、山の麓にある」

「ああ、あそこですか。ではあなたも?」

「いやですわ。わたくしはまだ高校生です。時白頭女学院の二年生ですの」

 時白頭と言えば名門のお嬢様学校だ。未成年にブランデーを飲まさなくてよかった。

「もう少し詳しく教えてくれますか?」

「家族のことですか? ええと、父は学生時代にレスリングをしていて体がとても大きいんです。力も強くて重い物も簡単に持ち上げてしまいます。姉はお節介焼きで、だけどお茶目なところもあるんです。わたくしのことをからかったりもして意地悪な時もあるんですけど根はとても優しいんですわ。あとは母代わりの厳しい家政婦が一人おります。あ。それとわたくしはうさちゃんが大好きですの!」

「いや、あなたのことは言わないくても大丈夫です」

 ボクが手を前に出すとヘレンさんはほっぺを膨らました。

「でもその話が本当ならお姉さんがいなくなったのもちょっとしたイタズラと言うか、遊びに出ているだけな気もしますけどね」

 大学生の女の子が一日二日家に帰らないなんていくらでもある話だ。彼氏ができたとかなら尚更だろう。

 しかしボクの意見をヘレンさんは一蹴した。

「いえ。これは誘拐です。わたくしの勘がそう告げていますわ!」

「勘……ですか……」

「ただの勘ではありませんわ! 姉が消える前に色々と気になることがあったんですの!」

「気になること?」

「ええ。まずは泥棒ですわ。近頃近所で泥棒が入ったんです。それも半年で三度も」

「それは多いですね」

「ええ。うちの裏には大きな公園がありまして、そこでは若者達が演奏なんかをしているんです。ダンスをしている人なんかもいて、恐い入れ墨をしている人もいます。近所の人達はその人達が怪しいと言っていました」

「なるほど。まあタトゥーくらい今の時代それほど珍しくもない気がしますが」

「まだありますわ。夜な夜な口笛が聞こえてくるんです。わたくし普段は早く寝るんですけど、テストの時には起きて勉強していたんです。そしたら裏の方から怪しい音が聞こえてきたんです。だけど姉には聞こえてないらしく、いつ聞いても『そんなの知らないわ』と言うばかりで。だけどたしかに聞きましたの。低い音の不気味な口笛が。もしかしたら泥棒の仕業ではとわたくしは睨んでいます」

 ヘレンさんは眉にしわを寄せて本当に睨んでいた。

「お姉さんが吹いていたのでは?」

「ありえません。口笛は屋敷の外から聞こえてきましたから。それに姉は口笛が吹けません。何度か練習してましたけど、いつも唇を突き出すだけでした」

「だけど近所の家に泥棒が入って夜に口笛が聞こえたからと言ってお姉さんが誘拐されたとは限らないんじゃないですか?」

「それだけならそうかもしれません。だけど一昨日の夜、姉が消える前に顔を青くして意味深に呟いていたんです」

「なんと?」

「またあの紐、と」

 一瞬、静けさが部屋の中を支配した。

「……紐?」とボクが聞き返すとヘレンさんは頷いた。

「ええ。あの時の姉の声はいつまでも耳に残っています。とても脅えていて、だけど少し聞いていて恐くもありました。その夜です。姉が跡形もなく消えたのは。どう考えても関係があるようにしか思えませんわ!」

「落ち着いてください。なるほど。たしかに怪しいですね」

「でしょう? きっと何人かの泥棒が力を合わせて姉を誘拐したんです。紐でグルグル巻きにしてスタコラサッサと!」

「そんな古き良きタツノコアニメみたいにいくでしょうか?」

「いったんですからしょうがないですわ」

 どうもこの人は想像力が豊からしい。あんまり引っ張られすぎないようにしないとな。

「その紐ですが、紐と聞いてなにか思い当たることはありませんか?」

「紐……ですか……。そうですわね。植物を真っ直ぐに育てるための紐とか、姉は髪を結んでいたのでそのことかも……。でもこれと言ったものはありませんわ」

「そうですか……」

 なんともつかみ所のない話だ。これはただの家出だな。どうせ友達か彼氏の家にでも上がり込んでいるんだろう。

 言っちゃなんだがつまらない事件だ。こういうのは警察に任せるのが一番だろう。少なくともワトソンはこの事件をわざわざ書き留めないだろう。

 ボクが内心そんなことを思っていると視界に和藤が入った。なにやら考え込んでいるが、これはそんな大層な事件なんだろうか?

 するとヘレンさんは「あ」と声を漏らした。

「どうしました?」

「大事なことを言うのを忘れてました」

 ヘレンさんはわざとらしく両手を合わせた。

「大事なこと?」

「ええ。わたくしも姉も部屋にはいつも鍵をかけているんです。ほら。父は色々な虫や動物を飼ってますから、逃げ出したら恐いでしょう?」

 寝ている間にクモとかトカゲが部屋に入ってきたらと思うと恐ろしく、ボクは頷いた。

「ですから鍵をかけているんですが、おかしいんです」

「おかしい?」

 ボクは首を傾げた。

「姉がいなくなった時、姉の部屋にはたしかに鍵がかかっていました。窓もそうですし、そもそも人は通れません。だけど鍵は部屋の中に置いてあったんです」

「ええッ!? じゃあつまり!」

 ボクが驚いて立ち上がるとヘレンさんは静かに頷いた。

「これは密室誘拐事件ですの」


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