「ほむら様。ほむら様。起きてください」
聞き覚えのある優しい声にボクは起こされた。どうやら寝てしまったらしい。
目を開けると和藤の綺麗な顔がボクを覗いていた。その近さに思わずドキリとする。
「な、なんだ? 乙女の寝顔をそうじろじろと見るものじゃないぞ」
「失礼しました。しかし依頼が来ましたので起こした方が良いかと」
「なに? 依頼? うちの事務所にか?」
「そうです」
「それを先に言え。して依頼人はどこに?」
「事務所の前で待っています。先ほど電話がかかってきました」
事務所にはずっと居られないので扉に連絡先を書いた張り紙をしている。誰かが尋ねてくると和藤が持っている携帯電話に連絡が来るようになっていた。
「ならすぐ行こう。待たせては悪い」
「ええ。ですがお着替えになった方がいいかと」
「なんでだ? もう朝着替えたぞ?」
和藤はボクが着ているブラウスの襟を指さした。
「あなた様が寝ている間、よだれがそこを滝のように流れていました。執事兼助手としては主のだらしない姿を極力誰にも見せたくはありません」
ボクは濡れた襟を見ると口元を押さえて赤面した。
「す、すぐ着替えてくる! お前は車で待ってろ!」
「かしこまりました」
和藤は礼儀正しくお辞儀をし、ボクは慌てて自室に戻った。
見られた。見られてしまった。なにもかもだ。
ああもう。これじゃあお嫁に行けないじゃないか!
まあ今のところ行く気はないが。兄さんに代わってこの家を守らないといけないし、何よりボクにはホームズのような名探偵になるという使命があるからな。
……だが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「……だいたいワトソンを起こすのはホームズの役目なのに。これじゃあボクがワトソンみたいじゃないか」
なによりもそこが一番認めがたく、ボクはなんとも複雑な気持ちでブラウスを脱いだ。
ドアの向こうでは沢森が「ロキアーン! 待てやこらあ!」と叫びながら走っていた。
どうやら今日は騒がしい休日になりそうだ。