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第11話

 それは学校に行ってからもそうだった。

 昼休み。ボクは素早くお弁当を食べ終わると立ち上がった。

 それを見て友達の真里亞が首を傾げる。

「今日は早いねえ。なにか予定でもあるの?」

「捜査だよ。ホームズと聞くと部屋から一歩も出ない安楽椅子探偵を想像する人もいるが、実際は違う。推理し、それを確証に変えるために足を動かすことを厭わないんだ。若輩者のボクがそれをしないのは些か愚かしいからね。では行ってくる」

「よく分からないけどいってらっしゃ~い。次は移動教室だから早く帰ってきてね」

「心得た」

 ボクは真里亞に手を振られながら教室から出た。目指すは隣の教室だ。到着するとボクは勢いよくドアを開けた。

「頼もう! ボクの名は写楽ほむら! 東洲斎の血を引く者である! この教室に和田花代なる御仁がいると聞き入れ、隣の三組から馳せ参じた! して和田殿は?」

 誰もがポカンとする中、一人の背の高い少女が恐る恐る手をあげた。

「わ、和田はわたしだけど」

「二、三聞きたいことがあるのだが、時間はあるだろうか?」

「えっと、少しなら……」

「かたじけない」

 ボクは和田さんを連れて人気のない廊下までやってきた。瑠偉先輩は気にしないかもしれないが、念のために依頼の内容を多くの人に聞かせることは避けたい。

 ボクは和田さんを見上げた。少し気弱そうだが背が高い。手には絆創膏を貼っていた。

「大きいな」

「え? あ、うん。一応百七十五あるけど……」

「羨ましい。ボクは中三の頃からほとんど伸びてないんだ。毎日牛乳も飲んでるのに中々百五十センチに到達しない。その、できればコツを教えてほしいんだが」

「コツって背が伸びるコツ? そんなことを聞くために連れ出したの?」

「いや、これはただ興味があるだけだ」

「……なんか、ジャンプするといいみたいだよ。わたしはそれで伸びた」

「ほむ。試してみるか」

 ボクはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら続けた。

「それでは本題なのだが、君はハンドボール部の部員だそうだね?」

「うん。そうだけど」

「なら瑠偉先輩は知ってるだろうか? 苗字は城野だ。三角定規を頭に付けてる」

「その人なら知ってるよ。何度か先輩が話してた。それが?」

「単刀直入に聞こう。瑠偉先輩がいなくなって得をする人がそちらの部にいるだろうか?」

 ボクの推理はこうだ。

 瑠偉先輩にアルバイトを教えた三年生はハンドボール部の部員と繋がっていた。

 瑠偉先輩は推し活をするために本屋で働いていたが潰れてしまう。それを聞いたハンドボール部の誰かはこう思ったかもしれない。

 アルバイトが見つからなかったら瑠偉先輩はハンドボール部に帰ってくるかもしれない、と。そうなれば自分の立場が危うくなる。

 それを阻止するためには瑠偉先輩にアルバイトを続けてもらうしかない。そう考えた犯人は知り合いの店にアルバイトを紹介してもらった。

 そして瑠偉先輩が確実に働くために元々の時給に自分の貯金から上乗せした。

 結果的に瑠偉先輩はハンドボール部には戻ってこず、犯人は立場を守った。

 猫毛組合が潰れてしまったのは予想外だったと思うが、時間を稼げばチームが出来上がり、瑠偉先輩の居場所はなくなる。

 最後の給料が払われなかったのは貯金が尽きたせいかもしれない。そう考えるとある程度納得できた。

 しかし――

「いないと思うけど」

 和田さんがほとんど即答したのでボクは面食らった。

「え? だ、誰もか?」

「うん。むしろみんな城野先輩には帰ってきてほしいってずっと言ってるくらいだから」

 想定外で予想外だ。ボクが読んでたスポーツ漫画ではみんなレギュラーになるため必死だったのに。運動部には二軍とか三軍とか入れ替え戦とかがあるんじゃないのか?

「いや、でも……」

「えっとさ。ハンドボールってコートに七人、ベンチに七人入れるんだけど、交代は自由なんだよね。だから強いチームは層が厚いんだ。止まったり走ったりで疲れるからどんどん代わっていく感じ。でもうちの部は全員で八人しかいないからギリギリなんだよね。誰かが怪我したり風邪ひいたりしたら大会に出るのも危うくなるし。だからずっと部員は募集してるんだ。経験者なんて大歓迎だよ」

「そ、そうなのか…………」

 ボクはしょんぼりしてジャンプをやめた。そんなボクを和田さんは見下ろした。

「よかったら入る? 背も伸びるかもしれないよ?」

「魅力的な誘いだがやめておく。スポーツをするならホームズが得意なボクシングかフェンシングだと決めているんだ。叩かれるのも突かれるのも恐いからやったことないけど」

「そっか。残念」

「お忙しいところ呼び出してすまなかった。お詫びと言ってはなんだが、握って飲むゼリーのやつをハンドボール部に差し入れしておいた。よかったら飲んでくれ」

「これはご丁寧にどうも。じゃあ、用がないならわたしはこれで」

 和田さんはそう言うと教室に戻っていった。

 ボクは和田さんの大きな背中を見て、誰もいない廊下でため息をついた。


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