結局何一つ真実は分からないままボクは家路に就いた。
推理しようにも情報が少なすぎる。せめて瑠偉先輩に声をかけた人物が分かればまた変わってくるのに。帰りの車でボクは少しムッとしながら和藤に尋ねた。
「なあ。ボクはそんなに男の子に見えるか? 確かに髪も短いし、ホームズに憧れてから自分のことをボクと呼ぶようにはなったが、身も心も乙女のつもりなんだが」
先ほどの老婆はボクのことをボクちゃんと呼んだ。しかも自分でボクと言う前にだ。つまり外見で判断されたということだろう。
和藤は微笑むと前を見て運転したまま答える。
「安心してください。あなた様はかわいいですよ」
「答えになってないな。まあいい。ありがとう」
「どういたしまして」
ボクは足を組み、頬杖を付きながら窓の外を眺めながらため息をついた。
「まったく情けないよ。これに似た事件をホームズはパイプ三服分で解いたと言うのに、ボクにはまだまだ分からないことだらけだ」
「それほどこの事件は複雑だと言うことです。一方でホームズはこう仰っていたはずです。『事件というものは不可解であればあるほど解釈は容易なものだ』と」
和藤は我が家の敷地内に車を入れると、玄関の前で停車した。そして先に降車してボクの方に来るとドアを開けた。
ボクは車から降りると少し歩き、そして振り向いた。夕日に照らされる和藤の顔はいつも通り余裕があり、落ち着いていた。
「もしかして君はもうこの事件を解いてしまっているんじゃないだろうな?」
「滅相もございません。私如きには皆目見当も付きませんよ」
「ならいいが。毎度毎度ホームズがワトソンに先を越されては面目なんてあったもんじゃないからな」
ボクが安心すると和藤は「ですが」と続けた。
「あなた様同様、気になった事実はいくつかありました」
「やっぱりか」
ボクはやれやれと嘆息する。今のところボクはまだ答えに辿り着いてはいない。しかしいくつか推理はできていた。どれも決め手に欠けていたが。
「なにが気になったんだ?」
「今はまだなにも言えません。間違ったことを言ってしまえばあなた様の推理を邪魔してしまいますからね。ただ一つ分かったことがあります」
「それは?」
和藤はニコリと笑う。
「猫毛同盟は時給がとても良いということです」
ボクはガクッと肩を落とすと、それを見て和藤は楽しそうにした。
「ただの冗談ではありませんよ。学生に時給二千四百円を払ってでも価値のあることがこの事件の裏に潜んでいるということですから」
ボクはゴクリとつばを飲んだ。
「そ、それは裏で大がかりな計画が動いていると言うことか?」
「あるいはそうかもしれませんし、そうではないのかもしれません。どちらにせよ、それは安くないということです」
「そ、そのくらい分かってるさ。見てろよ。ホームズの生まれ変わりであるこのボクが綺麗さっぱりこの事件を解いてみせるからな!」
ボクが指差すと和藤は優しく微笑んだ。
「ええ。期待しています」
ボクはまたムッとして「バ、バカにするな!」と言うと屋敷に帰った。
その背中に和藤は落ち着いた声で告げた。
「どうか宿題も忘れないようお願いします。では、また明日」
それからボクはメイド達が作った夕食を食べている時も、お風呂に入っている時も、髪をとかしている時も、ベッドの中でも事件のことを考えたが、結局真実は分からなかった。
ボクは布団の上で眠るロキアンを撫でながら小さくため息をつく。
「夢への道はまだまだ遠いよ。ボクがこんなにも悩んでいるのに案外君はもう猫のネットワークによって真実を手に入れていたりしてね」
ボクが話しかけてもロキアンは静かに眠ったままだった。フワフワの毛は心地よく、気付けばボクも眠りに落ちていた。