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第7話

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 仕事内容・店番。個人でやっている店の手伝い。

 住所・猫鮭市猫鮭町のマタタビ通りにある古物店『猫毛組合』

 勤務時間・週二日。火曜日と木曜日の午後四時から八時。

 時給・二千四百円

 学生可。資格も問いません。

 だだし、勤務中は常に店にいる猫の相手をしてもらいます。その子は気まぐれなので、試用期間中に懐かない場合は残念ながら不採用です。


「えっと、これはつまり猫が雇うかどうかを決めるってことですか?」

 ボクは困惑して手書きのチラシを瑠偉先輩に返した。

 先輩は困った笑顔を浮かべた。

「うん。店長猫のクレーがね。あの子に嫌われたら即クビだよ。これじゃあどっちが偉いか分かったもんじゃないよね」

「猫と人の主従関係は既に決まってますよ。人々は猫缶を買うために働いているようなものですから」

「たしかに」

 瑠偉先輩は苦笑した。

 和藤は先輩がテーブルに置いたチラシをチラリと見た。

「良いお給料ですね」

「でしょう? それもあってあたしみたいな貧乏学生からすれば喉から手どころか腕が出るほどほしい仕事でした」

 ボクは和藤に「そんなにいいのか?」と尋ねた。和藤はこくりと頷く。

「ええ。学生のアルバイトとしてはかなりの好待遇でしょう。写楽家が没落したらここで働きたいくらいです」

「そ、そうはならないように努力するよ」

 苦笑する僕を見て和藤はニコリと微笑んだ。

「そうならないようあなた様をお支えするのが私の役割でもあります」

 和藤が助けてくれるなら心強い。しかし今はお家の危機より目の前の謎だ。猫がアルバイトを決める職場なんて聞いたことがない。

 瑠偉先輩は話を続けた。

「時間も学校が終わるタイミングだし、猫も触れるしでこんな良いバイトはないと思ってチラシを見たその日にお店に向かったんだ。その先輩も早く行かないと取られちゃうかもって言ってたしね」

「それで?」

「それがね。やっぱりちょっと変わってるお店だった。若いお姉さんが一人でやってて、売ってる物は高そうな物ばかり。店内は狭いし、お客さんは全然来ないし、でも時給はめちゃくちゃ良い。しかも猫ちゃんもいる。すぐに穴場って分かったね。その場で頼み込んで雇ってもらったよ。まあ決めるのはそのお姉さんじゃなくて猫ちゃんだけど」

 そう。今回の件で重要なのはその猫だ。

「どんな猫でした?」

「普通の三毛猫ちゃんだったよ。おっきくてゆったりしてる感じ」

「まさかオスとか?」

「ううん。膝に乗せた感じメスだった」

 オスの三毛猫は貴重で数千万円もするそうだ。でもメスならさして価値もないだろう。

「変わった習性とかはありませんでした? 首輪に宝石がついていたりとか?」

「大人しい子だったし、首輪も安っぽい紐とプラスチックのだったよ」

「ほむう。それでどうなったんですか?」

「猫ちゃんも懐いてもらったしそのままめでたく本採用になったよ」

「その猫が瑠偉先輩を選んだってことですよね?」

「あたしは店の奥にあるカウンターの後ろに行って、そこにあった座布団に座ってただけなんだけどね。そしたら猫ちゃんがやってきて膝の上に乗ってくれたんだ」

 羨ましい。でも猫は案外重いからな。ずっと乗られると困ったりする。

「いやあでもよかったよ」と瑠偉先輩は思い出して安心する。「あたしにそのバイトを教えてくれた人はその子が懐いてくれなくて採用されなかったって言ってたからね」

「それが本当ならラッキーですね」

「うん。なんでも人を見る目がある猫で、あの子が懐いたセールスマンから買った物は売れ残らずに完売するっていう話だし」

 瑠偉先輩はフフンと鼻を鳴らして自慢げだった。

「仕事はどうでした? 大変でしたか?」

「それが拍子抜けしちゃったよ。もう全然何もしてないってくらいお客さんが来ないの。あたしの仕事と言えば仕事の始まりと終わりに店の前を掃除して、あとは猫ちゃんを撫でてるだけだったよ。あんまり暇だったから持ってた単語帳を暗記してたくらい」

「本当にそれだけですか? 他にはなにも?」

「極まれにお客さんが来るんだけど、大抵は商品を見るだけで帰っちゃうからね。買う人もいるけど値札を見てお会計するだけだから簡単だし」

「つまり、ほとんど掃除と猫を撫でるだけで時給二千四百円が手に入ると?」

「そうなんだよ~。いや、そうだったんだよ~」

 瑠偉先輩は悔しそうな顔でほっぺに手をあてて頭を振った。

「そうだった? じゃあ、今はそうでないと?」

 瑠偉先輩はしょんぼりしながらこくりと頷き、そして鞄からもう一枚の紙を取りだした。

 それにはこう書いてあった。

『猫毛組合は無期限休業します』

 それを見て僕と和藤は顔を見合わせた。

「それはその」

「ご愁傷様です」

 瑠偉先輩は涙目になる。

「あんまりじゃない? なんの予告もなしにだよ? 言ってくれたら次のバイト探したのに~」

「でもお客が来ないなら潰れるのも仕方ないのでは? 失敬、休業でしたね。でも経営はかなり厳しかったはずですよ」

「まあね……。薄々気づいてたけど……。でも大丈夫だと思ったんだけどなあ」

「それはどうして?」

「たまに来るお客さんの話だと金持ちの道楽っぽかったんだよ。ほら、コレクターっているじゃん? その趣味が高じて店まで出したって感じ。買い取りもしてたから掘り出し物とか売りに来る人もいたみたいだし」

「でもこのご時世ですからね。他でやっていた事業が上手くいかなくなればコレクションも売らないといけませんし、なにより高い時給を節約するためにも休業は致し方ないかと」

「だとしても働いた分は払ってもらわないと納得できないよ!」

 瑠偉先輩はぷんぷんと怒った。

「え? 給料の未払いがあったんですか?」

「一日分だけね。臨時で入って、そのせいか振り込まれてなかったんだ」

「それは困りましたね」

「そうなんだよ!」

 瑠偉先輩はテーブルに手を突いてボクに顔を近づけた。

「四時間分で九千六百円! つまり一万円弱! これだけあればTシャツにマフラータオル、スティックライトに新作の髪留めまで買えるんだからっ! アイドルのグッズなんて人気なのはすぐ売り切れるから手元にお金がないのは致命的なんだよっ!」

「……なるほど。勉強になります」

 ボクにはよく分からないけど切羽詰まっているらしい。お金のために働いているのに、そのお金が得られないなら怒って当然だろう。

「仕事を教えてくれたお姉さんも見当たらないし、電話だって通じないの!」

 瑠偉先輩は残った紅茶をぐびっと飲み干し、豪快に口元を手で拭いた。

「それでね、依頼なんだけど」

「はい」

「まず一つ。お金を払ってほしいの。だからお店をやっていた人を突き止めてくれる?」

「承知しました。他には?」

 瑠偉先輩は少し落ち着きを取り戻し、再びソファーに腰を落とした。

「あのバイトがなんだったのか知りたいんだ。猫を撫でてるだけで時給二千四百円なんてよくよく考えたらおかしいし」

「心得ました。ボクとしてもこの事件には興味があります」

「いや、事件ってほどでは……」

 瑠偉先輩が苦笑する前でボクは拳を握って立ち上がった。

「こんなおもしろい事件を逃してたまるもんですか! 絶対に真相を突き止めて見せますよ! ね? ワトソン君?」

 和藤はちょっぴりやれやれという感じで「あなた様がそれを望まれるなら」と答えた。

「では瑠偉先輩に一つ質問があります」

「なに?」

「瑠偉先輩にバイト先を薦めてくれたという淑女を教えてくれますか?」

「えっと……ごめん」瑠偉先輩は苦笑した。「名前は知らないんだ。顔を見れば分かると思うんだけどね。あ、でも上級生だったよ。三年生。けっこうかわいかったなあ」

「ほむう。その先輩はどうして瑠偉先輩を選んだんですかね?」

「それはちょうどあたしが『バイト欲しい~』って友達に話してたのを聞いてだと思うよ。『それなら知り合いに良いところがあるよ』って言われて」

「友達との会話を偶然聞いただけですか?」

「多分、そうだと思うけど」

「ほむう。少し怪しいですね」

 瑠偉先輩はまたまた苦笑した。

「あのさ」

「はい?」

「さっきからほむほむ言ってるけど、それなに?」

「ああ。子供の頃からの口癖です。ほら。名前がほむらなもんで。お気になさらず」

「なるほど。かわいい口癖だね」

 瑠偉先輩は同意を求めるように和藤へ笑いかけた。

 和藤は微笑んで頷いた。

「旦那様によりますと『ママ』『じいじ』の次に覚えたのが『ほむう』だそうです」

「え~。なにそれかわいい~」

「ええ。かわいいです」

 なんだこいつら。人の癖をかわいがって。気を付けていても出ちゃうんだから仕方ないだろう。

 ボクは顔を熱くさせながらも決意した。

「と、とにかく! この事件はお預かりしました! 私写楽ほむら! シャーロック・ホームズの名に誓い、見事この事件を解決してみせましょう!」

 瑠偉先輩は「あはは。頼んだよ。お給料取り戻してくれたらなんか奢るから」と言って笑った。

「あ。そうだ。もう一ついい?」

 瑠偉先輩は人差し指を立てた。

「いいですとも!」

「できればでいいんだけどね。猫ちゃんがどうなったかも調べてきて。曲がりなりにも店長だったからさ」

「合点承知! よし! 善は急げだ! さっそく捜査を開始するぞ!」

 こうしてボクは瑠偉先輩から依頼を仰せつかり、事務所から飛び出した。

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