「いってらっしゃいませ」
校門にハイヤーを駐めた和藤はボクを見送ると行儀良くお辞儀した。
ボクは「いってきます」と返してあくびをする。まだ少し眠かった。
涙を指で払うと校門の近くで友達の森星真里亞と目が合った。揃えた前髪と長い黒髪がステキな親友だ。今日もボクのことを待っていたらしい。
「おはよう。ほむちゃん」
「うむ。おはよう」
真里亞はボクに挨拶しながらもちらちらと和藤を見ていた。視線に気付き、和藤が会釈すると顔を赤くして会釈を返す。そしてボクにだけとろけるような顔を見せた。
「今日も一日がんばれそ~」
「それはよかった」
ある事件の解決にボクと彼が関与してから真里亞は和藤にほの字だった。
真里亞曰く推しらしい。ボクにとってのホームズみたいなものだ。ボクだって毎朝ホームズに会えれば目にハートを浮かべるだろう。
だが生憎ホームズは会いに来てはくれないし、探偵事務所を創設してから二ヶ月も経つが現時点で解決した事件は二つに留まっていた。
最初の二つの概要については省くが、二つとも中々に謎めいて素晴らしい体験だった。
だからこそ現状には不満だ。高級料理を食べてからしばらく安い料理をおいしく感じなくなるのに似ている。
日常はあまりにも平穏そのもので、謎の香りはまるでしなかった。
だがこんな時こそ我々はホームズの言葉を思い出さなければならないのだ。
『不思議な事実とか、異常な事柄とかいうものが経験したかったら、われわれは実生活そのもののなかをさがさなければならない』
実に的を射た素晴らしい言葉だと思う。つまり、我々が過ごす日常の中にこそ好奇心を刺激する物事が隠れているのだ。それを探せていないのならボク自身が悪いのだろう。
面白い日常を得るには日常を面白くすることから始めないといけないわけだ。