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第3話

「と言うことだ」

 朝食を終えて支度を済ますとボクはいつも通学に使うセンチュリーに乗り込んだ。

 運転手は先の会話に出た執事、和藤爽だ。

 優しげで綺麗な瞳。高い鼻に整った面長の顔。アシンメトリーの髪型は右だけ少し長かった。背は高くすらりとした体に祖父からもらった黒いモーニングコートを纏っている。

 うちがなくなってもこの外見ならモデルで食べていけるだろう。中学では密かに和藤のファンクラブがあったほど女子人気は高かった。

 それが納得できるほど和藤は美しい。もちろん格好いいのだが、そちらの言葉の方がぴんとくる。

 だがボクが彼を選んだ理由は外見じゃない。主に忠実な性格でもない。

 その卓越した洞察力だ。

 和藤は車を出しつつボクの話を聞くと静かに答えた。

「かしこまりました。では放課後にあなた様を迎え行けばよいのですね。何時にいたしましょう?」

「それは追って連絡する。なるべく無駄な時間を取らせないようにするよ。他に用事があったら言ってくれ」

「ありがとうございます」

 和藤は白い手袋でハンドルを切り、直線に進むとチラリとバックミラーを見た。

「嬉しそうですね」

 どうやら先ほどから笑みがこぼれてしまっていたらしい。

「分かるか? ようやく。ようやくだ。ボクはついにホームズへの一歩を踏み出そうとしているのだよ。幼い頃からの夢が一つ叶った」

「おめでとうございます」

「ありがとう。だがこれからさ。君にはボクの助手になってほしいと思っている。どうだろう? 引き受けてくれるか?」

 和藤は一瞬なにかを思い出すようにしてからニコリと微笑んだ。

「あなた様がそう望まれるのなら」

 和藤の了解を得てボクは益々嬉しくなった。

「よし! 今日から君はボクのワトソンだ。頼むぞ。ワトソン君!」

「かしこまりました。では我がホームズ。学校に着くまでの間にそこにあるくしで髪をといてください。如何せん今日は寝癖がひどいですから」

 バックミラーを見るとそこに映るショートカットのボクの頭はたしかにいつもより散乱していた。このままだと入学式で笑われてしまう。

「しょ、承知した。だがなぜこんなところにくしがある? いつもは置いてないだろう?」

 ボクがくしで寝癖と格闘していると和藤は静かに答えた。

「今日は入学式です。あなた様は昔から大きな行事の朝は舞い上がって身嗜みどころじゃありませんから」

「なるほど……」

 たしかにそうだ。遠足の時はパジャマで行きそうになったし、修学旅行の時は飼い猫のロキアンを連れて行きそうになった。

 舞い上がるとすぐ我を忘れてしまうのは昔からだ。

 和藤はボクをよく観察している。だけどこれじゃあどちらがホームズか分からない。

 ボクが内心むっとしているとそれに気付いたのか和藤は優しく微笑した。

「ご安心ください。私はいつだってあなたのワトソンですから」


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