そしてボクは身長以外はすくすくと育ち高校生になった。
入学式を迎える朝、朝食の席で体が大きく髭が渋いスーツ姿の父は嬉しそうに尋ねた。
「ほむらも高校生になったんだ。入学祝いになにか買ってあげないとな。欲しいものはあるか?」
「無論です」とボクは答えた。
「ほう。無論とな」
父はニヤリと笑った。
「さてはあれだな。高級腕時計や何十万ものするオーダーメイドの服が欲しいんだろう。よし! 愛する娘の入学祝いだ! パパはなんでも買っちゃうぞ!」
「今なんでもと言いましたね? では探偵事務所をお願いします」
上機嫌だった父の笑顔が固まった。
「……探偵事務所?」
「左様」
「入学祝いに欲しいのが探偵事務所か?」
「如何にも」
父は腕を組み、眉をひそめて悩んだ。だがすぐに頬を緩ませる。
「しょうがないなあ。いいよ。買っちゃう。パパはほむちゃんが大好きだから」
「かたじけない」
ボクは軽く会釈をして制服のポケットから封筒を取りだし、広いテーブルの上に置いた。
「それは?」と父が首を傾げる。
「ここに事務所にしたいと思っていた物件の契約書が入っています。目を通してサインやらなんやらしといてください」
「さすが俺の娘だ。仕事が早い」
「簡単な推理ですよ」
ボクは顎に手を当てた。
「父さんはいつも大きな買い物をする時、デパートの外商を呼び出しますからね。しかしボクが確認したところそういった予約は入ってなかった。つまり父さんは前もってプレゼントを用意せず、ボクの欲しいものを買い与えるつもりだった。なら前もって不動産屋と話を付けておくことは可能というわけです」
「なるほどねえ。だから少し前に『さっき娘さんから連絡がありました』って電話が来たのか。よ! ほむちゃん! 令和のホームズ!」
父はいつもボクを大袈裟に褒め称える。だがホームズに喩えられるのは悪くない。
「当然です。ボクは彼の、シャーロック・ホームズの生まれ変わりですからね!」
「ホームズは生きても死んでもいないけどね。でもいいよ! 幼稚園からずっと同じこと言ってるほむちゃんかわいいよ!」
「初志貫徹がモットーですから」
キメ顔のボクに父は嬉しそうな顔で「反抗期もなくて成長しないって父親にとっては最高だぜ!」と喜んでいる。
それは聞き捨てならないが、そんなことより大事なことが他にあった。
「それともう一つ欲しいものがあります」
「ほう。言ってみなさい」
父はありもしない威厳を演じて真剣な面持ちになる。
どちらかと言うとボクとしてはこちらの方が断られる可能性があるので少し緊張した。
「探偵には助手が必要です」
「助手とな」
父の眉がぴくりと動く。ボクは頷いた。
「助手です」
「あー、うん。まあ、それを雇うのはいいんだが、一つ気になることがある」
「それは?」
「……そいつは男か?」
「男です」
「ならん! ならんぞほむちゃんよ!」
父は立ち上がりかぶりを振った。
「なにゆえ?」
「男だからだよお。男ってのはね。こわいよー。ほんとすぐに女の子のこと好きになっちゃうんだから。好きになったらどうなるかって?」
「それは聞いてませんが」
「それはまだ言えないからね。だからダメ。助手はいいけど男はダメだよお」
「その者が和藤爽と言ってもですか?」
名前を聞き、父は小さく驚いた。
「……和藤ってうちの執事の和藤?」
「その和藤です」
「あの和藤かー…………」
父は腕を組んで上を向き、そして勢いよくボクを見るとニコリと笑い、右手の指で丸を作った。
「あいつならオッケー♪ あいつはほむちゃんがちっちゃい頃から知ってるし、絶対手も出せないからな」
ボクは内心ホッとした。優秀な執事を借りれば家の仕事に支障が出かねない。父だけならともかく、自分のわがままのために使用人に迷惑をかけるのは申し訳なかった。
「では今日から放課後は和藤をお借りします。送り向かいは彼にさせてください」
「うむ。そうしよう。可愛い娘も守れるし、一石二鳥だ。でも約束してほしい」
父は再び真剣な顔になった。
「なにを?」
「それは――――」
父は静かに内容を告げ、ボクは半ばポカンとしながら頷いた。
「……りょ、了承した」
「ならばいい。ほむちゃん」
「はい」
「入学おめでとう。青春は貴重だ。大いに楽しみなさい」
父が柔和に微笑むとボクはちょっぴり感動して、深々と頭を下げた。
「恐悦至極に存じます。わたくし写楽ほむら。これからも写楽家の名を汚さぬよう、精進してまいります」
父はお辞儀をするボクを見て涙ぐみながら「うむ」と頷いた。