『ウルティア・エレナ・マクスエルは、罪をここに告白します。
最後の言葉を誰に伝えるべきなのか考えた末に、友人であるマリアンヌ・ローレライ・マルチネスに記すことにしました。
私はどうしてもシル・ダレガノ男爵令嬢のことが許せません。
長年、伴侶となるためにお支えしてきたエルディ様を横から掠め取られ、しかも私が持ち得なかった魔法の才能を持っているというだけで、エルディ様の興味を惹くあの女を許せないのです。
ですから、いくら
もしも、あなたの婚約者であるクリス王子を殺してしまったならごめんなさい。
だけど、私の恨みの業火は止めることができないのです。
私の魂を込めた式神が、あの子が最も大切だと感じているものを殺します。
きっとエルディ様を殺すことになるでしょう。
だけど、それも仕方ないと思っております。
エルディ様ならば、呪術を跳ね返して、私を返り討ちにしてしまうかもしれません。その時はエルディ様の魔法で死にたい。身勝手な私でごめんなさい』
手紙はそこで終わっていました。
ウルティア伯爵令嬢が、命を使って発動した呪いが引き裂いたのは、シル男爵令嬢のドレスだったということですね。
殺人も覚悟した殺害予告を表す手紙というわけですね。
なんとも言えない雰囲気に会場中が言葉を失うことになりました。
「あのドレスは、死んだお母様が残してくれた形見なのです! だから私にとって一番大切な物だったので」
シル男爵令嬢の弁明に悪いところはありません。
真実を言っていることも理解できます。
ですが、ウルティア伯爵令嬢の想いに対して、あまりにも後味が悪く。
また、三人の男たちが虚しい存在に思えてならないのです。
「全ての真実は解き明かされました」
我が身は、此度の争点として挙げられた議題が解決したことを告げました。
誰に罪があり、どのような
「第二王子様がマリアンヌ様を卒業パーティーという公の場で断罪した此度の事件。婚約破棄に至るまでの経緯。その全てを様々な視点から聞けることができたと思います。最後に判決に移りたいと思いますが、異議申し立てなされる方はおられますか?」
我が身が最後の判決を迎えようと発した言葉に、エルデイ宮廷魔導士子息が挙手しました。
「エルディ様、なんでしょうか?」
「我が婚約者が暴走したということは理解できた。罪を被るのはウルティア伯爵令嬢だ。この場に集まった者たちは、誰も罪を問われることはないのではないか?」
エルディ宮廷魔導士子息の言葉に会場からは非難の視線が向けられます。
婚約者が、エルディへの思いを暴走させて、起こした事件であり、それをマリアンヌ侯爵令嬢がやったことと勘違いした第二王子様。
根が深い問題ではありますね。
「エルディ様の意見も納得できます。マリアンヌ様、どう思われますか? 此度はあなたが犯人と間違われて断罪されそうになりました。あなたはどのような結末を望まれますか?」
我が身からの問いかけに対して、証言台に立ったマリアンヌ侯爵令嬢の言葉に誰もが固唾を飲みます。
「此度の裁判の争点は、誰がドレスを破いたのか? シル・ダレガノ男爵令嬢がイジメにあっていたのか? 私が断罪されるだけの人物だったのか? それぞれの想いが絡み合った複雑な話だと思います」
どうやら我が身が最初に第二王子様に問いかけた、マリアンヌ侯爵令嬢は嘘をつくような人物なのかというのが、引っかかっておられるようですね。
「まず、今回の罪はダレガノ男爵令嬢の無知さにより、多くの者たちの心を振り回したことが原因だったと思います」
マリアンヌ侯爵令嬢の言葉に、シル男爵令嬢は反論することなく受け入れる姿勢を見せておられます。
第二王子様は何か言いたそうにしていましたが、シル男爵令嬢を見て発言をやめました。
「ですが、それは受け入れた男性たちにも問題があったように思います。先ほども申した通り、王子が最初に礼儀作法を教えていれば、シル男爵令嬢は貴族社会のルールを守ったかも知れません。グルガ様が名乗っていれば、リリアナに注意される前に知る男爵令嬢はグルガ様から距離をとったかも知れません。エルディ様がウルティアを気にかけてくれれば、ドレスを破くようなことも起きなかったかも知れません」
「ふむ、つまりは罪は三人にあると?」
原告席に座っている三人はマリアンヌ侯爵令嬢に視線を向ける。
「私がクリス王子の気持ちをご理解できなかったこと。ダレガノ男爵令嬢の気持ちを汲み取れなかったこと。親友のウルティアを救えなかったことも罪だと思っております。すでに当事者である私には判断ができない状況です。クリス王子が婚約を破棄したいと考えられたのでしたら受け入れます。裁判官であるリブラ子爵に全て
どうやら判決の時がきたようですね。
「わかりました。第二王子様、今より判決を下しますが、何かありますか?」
「……僕は間違ったのか?」
「それは後の自分や周りが決めることですね。この場では……、なんとも言えません」
「そうか」
項垂れる第二王子様の言葉を聞いて、我が身は判決を告げます。
「此度の事件はマリアンヌ侯爵令嬢を、卒業パーティーという公の場で婚約破棄するという断罪劇から始まりました。
争点としては、マリアンヌ侯爵令嬢が、貴族の見本とならなければならない上位貴族にもかかわらず、下位貴族であるシル男爵令嬢をイジメ、卒業パーティーに着て行く筈だったドレスを破いたことで、マリアンヌ侯爵令嬢は断罪に相当する罪があると第二王子様が判断されました」
我が身が此度の争点を語っている間、傍聴席も含めて誰もが沈黙を貫く。
「話し合いをすることで様々な出来事が見えてまいりました。シル男爵令嬢様の卒業パーティー用のドレスを引き裂いた犯人は、エルディ宮廷魔導士子息の婚約者であるウルティア伯爵令嬢であり。イジメの事実はシル男爵令嬢の常識と、中央貴族令嬢たちの常識違いが生み出した悲しい結果でした」
今回の事件を整理するように詳細を告げていく。
「以上の結果をもちまして、判決を言い渡します」
傍聴席から息を呑む声が聞こえてくる。
「原告クリス・ノープラン・カイオス第二王子様は事前調査を行うことなく、公の場で婚約者であるマリアンヌ侯爵令嬢を辱めたことを名誉毀損として、謝罪をした上で正式な申立をご自身の両親とマルチネス侯爵家に告げ、マリアンヌ侯爵令嬢との婚約破棄締結に尽力すること。その際に発生する賠償責任を全て第二王子が負うものとする」
悪役令嬢断罪事件では、王子の浅はかな行動がテンプレとして登場するが、まさか此度も同じような結末になるとは残念でならない。
「原告シル・ダレガノ男爵令嬢は、貴族社会の知識を学ぶために常識や礼儀作法の授業を受け直してください。一年留年して学園へ通うこととします。その費用は三人の男性方が出すものとして、さらにその間に三人と会うことを禁止します」
原因の発端として、シル男爵令嬢の世間知らずと、男性たちに囲まれた視野の狭さがここまでの事件を起こしてしまいました。
罪を償うのであれば、正式な授業を受けてやり直すことが
そのためにも彼らとは距離を取り、自らを見つめ直す必要があるでしょう。
「原告グルガ騎士団長子息は、リリアナ伯爵令嬢と別れたわけではありませんので、互いに気持ちを話し合う時間を作ってください」
グルガ騎士団長子息は、第二王子様を諌める必要がある立場でしたが、それ以前にもリリアナ伯爵令嬢や、シル男爵令嬢との会話が少なすぎるように感じます。
彼にはもっと自分の気持ちを語ってもらう必要があるでしょう。
「原告エルディ宮廷魔導士子息は、ウルティア様の一件があるため、我が身から質問したいことがありますので法廷が終わった後にお時間をいただきます」
四人の原告側に対して、我が身が告げた判決に軽いのではないかと傍聴席で騒いでいる者たちがいます。
だが、法で問える罪とはそれほど多くありません。
精々、名誉毀損や不貞行為程度でしょう。
むしろ、エルディ宮廷魔術師子息が発した通り、実行犯はウルティア伯爵令嬢で、シル男爵令嬢は被害者です。
それを促したエルディ宮廷魔術師子息も、法に照らし合わせると罪は何もないと言えるのです。
法とは常に平等であり、死罪を下すことや、罪を負わせることを目的としていません。
あくまで法を破った者がいると訴えられた際に、どんな理由があり、罪を問うに相応しいか判断する場所でしかないのです。
「被告人マリアンヌ・ローレライ・マルチネス侯爵令嬢」
「はい!」
「訴えられたあなたの罪は無罪でした」
傍聴席から多くの安堵の声が聞こえてくる。
「ですが、ウルティア伯爵令嬢が犯した罪を隠蔽したこと、第二王子様が求める婚約破棄に対して、どのような判断をされますか?」
「クリス王子が望まれる通りに婚約破棄を受け入れます。ウルティアの一件も、リベラ子爵様の判決に全て従います」
潔いマリアンヌ侯爵令嬢を心配する声がチラホラと聞こえてくる。
「わかりました。それでは第二王子様との婚約破棄を認めます。貴族社会では、婚約破棄された女性は負のレッテルとなるでしょう。断罪されたわけではありませんが、第二王子様と話し合いの末に、しっかりとした賠償を求め、納得がいく別れを迎えてください」
「ありがとうございました」
「以上をもちまして法廷を閉廷します」
我が身が能力を解除すると、一部を除く人間が元のパーティー会場へ戻ります。