エルディ宮廷魔導士子息の発言は、この場に集まる者たちの感情を一つにするのに十分な力を含んでいます。
ですが、あくまで今回の争点は、ドレスを引き裂いた犯人は誰なのか? イジメの黒幕はマリアンヌ侯爵令嬢で、悪意を持っていたのか? でした。
最初の争点とは随分と変わってしまいましたが、裁判の結末が見えてきたように思えますね。
どうしてマリアンヌ侯爵令嬢が、シル男爵令嬢のドレスが飾られていた部屋の前にいたのか……。
「エルディ様のことは後にします。クリス王子、彼女に恋心を抱くのを私は止めはしませんでした。私との結婚は家同士が決めたことです。国の将来を思った王と、我が父が強固な絆を結ぶために交わされた契約です」
貴族の結婚でよくあるテンプレ展開というわけですね。
「ですから、気持ちはダレガノ男爵令嬢に持たれていてもよかった。なのに私がやってもいないことを責め立て、こちらの話を聞こうとしない態度を許すことは出来ません。これだけ大勢の方々が集まった公の場で、婚約破棄を宣言するなど取り繕うことも無理でしょう」
先ほどまで毅然とした態度で言葉を発していたマリアンヌ侯爵令嬢が、声を震わせて若干の感情が込められていました。
「……僕は孤独だったのだ」
マリアンヌ侯爵令嬢の言葉に、第二王子様が口を開きました。
「皆、僕を王子だと持て囃した。僕自身も王子であろうと努力した。だが、周りの期待はどんどん高まり、期待をかけられる不安と、一人で思い悩む孤独を感じる日々だった」
「それならば相談してくだされば!」
「お前は! マリアンヌは……。全て自分で解決できる女ではないか、僕などいなくてもなんでもできてしまう。そんなお前には僕の気持ちなど理解できるはずがない」
何を甘ったれたことを言っているのでしょうか? 王族として生まれただけで勝ち組です。
期待に答える不安があることは理解できますが、あまりにも……。
世界には衣食住に困る人がいます。
まともに勉強ができない者がいます。
美人な婚約者まで手に入れています。
それでも孤独と悩む第二王子様を私は理解できません。
「そんな時だ……。シルが泣いている姿を見たのは。まるで自分のことのように思えた。彼女を救うことで自分の心が満たされた。そして、彼女に頼られることで心が温かくなるのを感じた。だが、貴様がそれを奪ったのだ! シルは突然私の前からいなくなり、また孤独になった」
誰かの特別になりたい。
誰かに必要とされたい。
誰しもが求める心理なのかも知れませんね。
「そんな時にシルをまた見つけた。シルは前以上に様々なことを頑張っていた。だが、辛い顔をしていた。私が守らなくちゃならない。そう……思ったのだ!」
「だから私が邪魔になったのですか?」
「そうだ! いや、僕とて家同士の婚約であることはわかっていた。最初はシルを守ることだけでいいと思っていたんだ。だが、イジメの黒幕がマリアンヌだとわかったことで、私の心は止めることができなくなった」
断罪ショーが始まったキッカケ。
シル男爵令嬢のドレスが破られる出来事が、第二王子様を暴走させることになったというわけですね。
シル男爵令嬢を愛するが故にしっかりとした捜査をすることなく、シル男爵令嬢の言葉が全ての真実だと判断して行動を起こしたわけですね。
あまりにも視野が狭く、恋は盲目だと言いますが、危ういですね。
「グルガ様。あなたもでしょうか?」
第二王子様が項垂れたことで、グルガ騎士団長子息に話題を振りました。
「ああ、俺も道場で一人だった。集中することは大事だったが、最初の頃は他の男子生徒も一緒に訓練をしていた。だが、レベルが違うからと距離を取られ、次第に一人で道場の訓練する時間が増えた。それを寂しく感じるようになって、そこにシルが現れた」
グルガ騎士団長子息にしかわからない孤独というわけですか……。
リリアナ嬢は、グルガ騎士団長子息の告白に驚いた顔を見せておられます。
彼女の行動は、良かれと思ってしたことです。
それが悪い結果を出してしまったという悲しい話ですね。
「シルの不慣れながらに剣を使っている姿は健気だった。指導をしてメキメキと腕をあげていくのも楽しかった。だが、リリアナが怒鳴り込んできて、シルを俺から奪った。楽しい時間は終わりを告げたのだ」
落ち込んだ姿を見せるグルガ騎士団長子息。
第二王子様同様にシル男爵令嬢の困難な状況を見かねて再度助けたそうです。
二人の話を聞いた上で、エルディ宮廷魔導士子息に話しかけます。
「そして、エルディ様。あなただけは事情が少し違いますね」
「ああ、私は孤独など感じていない。ただ、純粋に彼女の魔法使いとしての才能に惚れ込んだのだ。だから何度も声をかけた」
二人の孤独と葛藤とは違う答え。
シル男爵令嬢の中に見出した才能を渇望する心。
どちらが悪いとも答えが難しくなる話です。
「さて、最後に解き明かさなけれいけない事件があります」
「……それについては私から証言してもよろしいでしょうか?」
マリアンヌ嬢が我が身の意図を汲んで挙手をしてくれます。
「はい。それではマリアンヌ様、証言台の方へお進みください」
項垂れたシル男爵令嬢は、第二王子様の隣に移動していきました。
原告側の四人は、静かにマリアンヌ侯爵令嬢の言葉を待っています。
「はい。今回の事件を起こした犯人を私は知っています」
マリアンヌ侯爵令嬢の発言に、原告側は驚いた顔をして、傍聴席も騒がしくなります。
「やっぱり貴様が関係していたのではないか?!」
エルディ宮廷魔導士子息の声に、傍聴席側がさらにヒートアップしました。
「静粛に! 静粛に!」
私は彼らが静まるのを待ちました。
「申し訳ありません。マリアンヌ様、続けていただけますか?」
皆、気持ちが昂ってきているようですね。
「はい。今回の事件を起こした犯人は……」
「犯人は?」
「ウルティア伯爵令嬢にございます」
「えっ?」
彼女の発言に嘘はなく、傍聴人たちも驚いた顔を見せます。
「正確には彼女は、現場に来ておりません」
「それはどういう意味でしょうか? ウルティア伯爵令嬢はエルディ様の婚約者の方ですよね?」
「はい。彼女は魔法の才能がなく、逆に呪術師の才能を開花させました」
「なっ! 馬鹿なウルにそのような才能はない!」
マリアンヌ侯爵令嬢の言葉に、反応したエルディ宮廷魔導士子息が立ち上がって大きな声を出す。
私は静粛のカードを発動します。
「今は、あなたの発言を求めてはいません」
エルディ宮廷魔導士子息に睨まれます。
「確かに学園に通っている際には、ウルティアに呪術師の才能はありませんでした。ですが、ダレガノ男爵令嬢に負けたことで、嫉妬と憎悪、そしてエルディ様への思いを募らせることで、彼女は死の淵を彷徨い、死の淵から生還した際に呪いを会得したそうです」
『執念』と言えば良いのでしょうか?
魔法や呪術が存在するからこそ、ありえないことではありません。
才能がなければ使えないのが魔法と言われていますが、死の淵で会得したウルティア伯爵令嬢の想いの強さが才能を超えたというわけですね。
「そして、彼女は呪いによって、ダレガノ男爵令嬢が一番大切にしているものを壊す呪術を発動しました」
「どうしてマリアンヌ様がそれを知っておられるのですか?」
質問に対して、マリアンヌ侯爵令嬢は一通の手紙を証拠として提出した。