会場の騒ぎが落ち着くまで、発言を止めて静寂になるのを待ちます。
最後の発言に問題もありましたが、ミリル子爵令嬢の証言が終わったことを告げます。
「ミリル様、ありがとうございました。もう一度お話を聞くかもしれませんので、被告人席でお待ちください」
「はい!」
深々と頭を下げる姿はマリアンヌ侯爵令嬢と同じく、背筋が伸びて美しい礼儀作法でした。
「さて、シル様」
静粛カードを取り払って、シル男爵令嬢を証言台に呼びます。
「知らなかったんです! 皆さんが私に教えてくれようとしていたなんて!」
証言台に立ったシル男爵令嬢は、傍聴席に訴えかけるように大きな声を発しました。
「ダレガノ男爵家は田舎で、父は貴族社会のルールに疎かったようです。教えてもらったことがありません。母も私が幼い頃に死んでしまって、本当に知らなかったのです。魔法の才能があるからと父が学園へ入学させてくれました。入学してすぐに皆さんから冷たくされて、田舎者だから優しくしてくれないのだと勝手に思っていました」
彼女の発言に少数の人間が同情を向けますが、三年という期間で学ぶ時間は十分にあったでしょう。それが卒業するまで学ぶ機会を自ら放棄してしまっていました。
必死に弁明をされておりますが、すでに彼女の信用はありません。
何よりも、彼女の弁明など今は求めていないのです。
ミリル子爵令嬢の発言によって、論点は変わってしまいました。
「シル様、男爵家の家族を貶めても良いことはありません」
「ちっ、違うのです! ただ知らないことをわかって欲しくて」
「でしたら、知る機会があったにもかかわらず、知ろうとしなかった自分を責めなさい。亡くなられたお母様も、あなたを学園に入れてくれたお父様にも不敬です」
「あっ」
我が身には過ぎた言葉を発してしまいました。
「話を戻させていただきます。リリアナ様、ミリル様の視点で話された内容は、あなたが知らなかった事実だと私が証明しています」
「あっ、ありがとうございます」
顔を上げて私を見ますが、傍聴席や被告席の皆さんからは冷ややかな視線が向けられています。
「今回の争点であるマリアンヌ令嬢断罪において、イジメの事実はなく、マリアンヌ様がドレスを切り裂いたという事実はありません」
「そっ、それでは私が衣装部屋の前で見たマリアンヌ様はなんなのですか?」
「どうやら、あなたを守ってくれていたようですね」
これまでの見解を推測した我が身の発言に、シル男爵令嬢はマリアンヌ侯爵令嬢を見て大きな瞳いっぱいに涙を溜めました。
「そっ、そうだったんですね」
項垂れ、力無く俯いてしまいましたね。
「さて、こにきて新たな疑問が浮かんできました。誰がドレスを引き裂いたのか? どうしてこのような断罪劇にまで発展したのか? 判決を下す上で、シル様には、三人の男性とキスをしたという不貞行為について聞かなければなりません」
我が身から出た言葉に、シル男爵令嬢の顔が青褪めていきます。
「私は皆さんに嫌われていて、頼れる人がおらず、お三方から求められるままに」
少しばかりの嘘が混じりました。
「シル様、我が身に宿る右耳は嘘を見抜くことができるのをお忘れですか? 今のあなたから発せられた言葉には嘘があります」
「うっ、嘘など! いえ、そうですね。私は御三方に求められて嬉しかったのです」
どこかシル男爵令嬢は諦めたような顔をしておりました。
「地位もあり、かっこいい御三方から求められたことを喜んでおりました」
泣き崩れるシル男爵令嬢。
粛清カードを発しているから良いですが、三人の男たちが怒りを表しています。
私は三人にかけていた静粛カードを取り払って差し上げました。
「何が悪いというのだ! シルが虐められいたのは事実とわかったではないか?!」
「ああ、彼女が他の者から厳しくされている場面を俺も見たぞ。助けに入ったこともある」
「私もだ。彼女は才能があるのに一人寂しくしていたのだ!」
三人の男たちが怒声を上げる中で、もう一度静粛カードを使おうとしたところで、マリアンヌ侯爵家令嬢が立ち上がりました。
「お黙りなさい!」
「なっ」
「うっ」
「何!」
三人に向かって怒鳴ったのです。
「ダレガノ男爵令嬢は確かに間違ったことを致しました。それを正そうと皆で声もかけました。ですが、今回、ここまでの大事になるようなことではありませんでした。それを大きくしたのは、あなた方に問題があると何故気づかないのですか?」
マリアンヌ侯爵令嬢の言葉に、傍聴席やシル男爵令嬢の視線が三人に向けられます。
「わっ、我が何をしたという?」
「そうだ! 俺はシルを守ろうとしただけだ」
「そうですよ。私も彼女の才能を磨きたいと思っただけです」
三人の反論にマリアンヌ侯爵令嬢が被告席に立って、我が身に発言を求めます。
「結構、そのままお話しください」
「ありがとうございます。それでは」
マリアンヌ侯爵令嬢が、三人を睨みつけます。
「クリス王子。最初にダレガノ男爵令嬢に出会った際に、どうして彼女に貴族の礼儀を教えてあげなかったのですか?」
「なっ! わっ、私は涙を流しているシルを心配して」
「王族であり、貴族として、下級貴族や平民を導くことこそ我々の勤めです。それを怠ったことを認めになるのですね?」
「うっ」
「クリス王子が最初に彼女に教えていれば、彼女もここまで苦しむことはありませんでした」
マリアンヌ嬢の言葉に第二王子様は、顔を歪めて反論ができないようです。
「次にグルガ様」
「なっ、なんだ!」
「あなたもあなたです。どうして貴族として名乗らないのです? 鍛錬の邪魔をすることを嫌っておられたのはあなた自身ではなくて? だから婚約者のリリアナは周りに頭を下げて、あなたのために道場を開けていただき時間を作っていたというのに」
「リリアナが頭を下げて? リリアナがそんなことをするはずがないだろ!?」
「いいえ、我々淑女は婚約者様のために配慮する者です。リリアナはグルガ様へ常に配慮を持った行動をしておりました」
これは役者が違いすぎますね。
大人と子供。親と子。
女性の方が成長が早いと言いますが、あまりにも幼稚するぎ男性陣に頭が痛くなってきました。
「そして、最も罪深いのは、エルディ様! あなたです」
「なんだと! 私が何をしたというのだ?」
「あなたの婚約者であるウルティアも、リリアナ同様に魔法演習場をあなたのために時間を割くため頭を下げ。あなたをお支えしていました。それなのにダレガノ男爵令嬢を優遇するだけなく、ウルティアを無能と馬鹿にして、ダレガノ男爵令嬢と対決させて心に傷を負わせた」
「うっ、うるさい! あのような魔法の才能がないものがいけないのだ!」
エルディ宮廷魔導士子息の言葉に傍聴席、被告席、シル男爵令嬢がドン引きした顔を見せています。