リリアナ伯爵令嬢の言葉に原告側の男性陣が反論しようと立ち上がりました。
我が身は先手を打って、静粛カードを発動します。
何を発言しようと言葉にならないために、我が身を睨んできますが、話を聞く前に邪魔するのはやめてもらいたいです。
「はい! ダレガノ男爵令嬢には悪意があったと私は思っております」
「その
「私がシル男爵令嬢を注意したことは事実です。その際に怒鳴ったことも認めます。ですが、怒鳴り声を上げたのは、彼女が婚約者がいる男性に近づいたのが二度目だったからです。マリアンヌ様に注意を受けていたにもかかわらず、彼女は反省しておりませんでした」
リリアナ嬢の言葉に、傍聴席からも同意するような女性たちの様子が見受けられます。
王国の貴族社会とは不思議なものですね。
古いしきたりを守るルールがいくつか存在します。
上位貴族からしか声をかけてはいけないとか、名誉を汚されたから決闘するとか、まぁ不思議なルールがたくさん存在するのです。
ただ今回の婚約者がいる男性(女性)には近づかないというのは、貴族に限らない話だと思います。
既婚者の男性に、女性が近づいて親しくしていれば、妻としては良い気分はしません。
夫の立場でも、妻と親しい男性がいれば、良い気分はしないでしょう。
「それを悪意とお話しするのであれば、シル様が貴族として知らなくてはいけないルールを知らなかったことはどうされますか? 我が身に宿る右耳がシル様がルールを知らなかったことは、嘘ではないと証明しております」
シル様が男爵令嬢にもかかわらず貴族社会のルールを知らなかった事実は、右耳によって嘘ではないとわかっています。
「はい。私たちも知らなかったことは仕方ないと判断しました。クリス王子様については、マリアンヌ様とも事故であったのだろうという話で落ち着きました。それもマリアンヌ様が自らご注意されて教えになられたからです」
なるほど、知らないと判断して注意をしたわけですね。
ならば、マリアンヌ侯爵令嬢の言葉で、シル男爵令嬢は学んだことになります。
「ですが、ダレガノ男爵令嬢は次なる男性である、我が婚約者、グルガ様に近づいたのです」
「ふむ。しかし、シル嬢はグルガ様のことを知らずに道場で出会ったと言っておられました。グルガ様も名乗っていないと」
「それもまた不思議なのです。グルガ様もエスディ様同様に上位貴族であり、有名な方です。グルガ様は剣術道場を、エスディ様は魔術演習場を使われていることは、学園に通う者であれば耳にしているはずです」
つまり、グルガ騎士団長子息だけを知らないということが不思議なのですね。
ですが、シル男爵令嬢は嘘をついてはいませんでした。
「お二人が有名な理由として、彼らの練習を邪魔しないように
「配慮ですか?」
「お二人が練習をされている間は、邪魔しないように他の生徒には近づかないようにお願いしておりました」
なるほど。高貴な身分であり彼らが優秀だからこそ、周りの生徒たちは邪魔をしないように配慮していたというわけですね。
優秀な生徒が優遇されることは、他の学園でもよくある話です。
学園全体で知っている事実を、シル男爵令嬢だけが知らないことの方が問題がありますね。
「では、どうしてシル様はそれらを知らなかったのでしょうか?」
我が身から発せられた質問に、リリアナ伯爵令嬢は溜め息を吐き出しました。
そして、被告人席に座っていたミリル子爵令嬢が挙手をします。
「それについては私から発言してもよろしいでしょうか?」
「許可します」
リリアナ伯爵令嬢に代わってミリル子爵令嬢が証言台に立ちました。
「バーネット子爵家のミリルにございます」
「ミリル様、それではあなたに質問です。どうしてシル様はリリアナ様が話した内容を知らなかったのでしょうか?」
「その話をするために、彼女が言っていた入学当時から続くイジメに関して、お話をしなければいけないと思っております」
「ほう、この事件の核心ともいうべき内容ですね」
一、ドレスを引き裂いた犯人は誰なのか?
二、イジメの黒幕はマリアンヌ侯爵令嬢で、悪意を持って行っていたのか?
ドレス引き裂き犯人について、マリアンヌ侯爵令嬢は否定を口にしました。
我が身に宿る右耳が嘘をついていないと教えてくれます。
では、イジメの黒幕かどうか、それが次なる争点になります。
「ぜひ、お聞かせ願えますか?」
「はい! まずは彼女が入学してきた際のイジメということですが、それに関して我々は
「洗礼?」
「はい。彼女はあまりにも世間知らずで、私たちはどこまで彼女は貴族の常識を知っているのか、テストをしました」
「ほう、テストですか?」
「そうです。まずは挨拶」
ミリル子爵令嬢の話では、シル男爵令嬢に対して、上位貴族から声をかけるのが当たり前なこともあり、自分から初対面の相手に対してする挨拶をしました。
「ご機嫌よう、ダレガノ様」
「あっ、よろしくお願いします。えっと? 誰ですか?」
返ってきた言葉に唖然としてしまったそうです。
上位貴族の名前や顔を覚えていないことは仕方ないことだと気持ちを落ち着け、貴族としての挨拶も全く心得ていなかったといいます。
驚きすぎて、ミリル子爵令嬢は言葉を失ってしまったそうです。
シル男爵令嬢は、相手に対しての礼儀が全くなっていませんでした。
他にも貴族の常識を知るために、礼儀作法を一つ一つテストしたそうです。
その際に、貴族社会で行うべき礼儀がなっていない女性だと同学年の女生徒内で噂が流れました。
見捨てることは簡単ではあります。
ですが、このままでは上級生の方々に迷惑がかかると判断して、女子生徒はシル男爵令嬢の指導を始めたそうです。
最初は、学んでもらうために丁寧な口調で挨拶をしたり、目の前で食事のマナーを見せたり、淑女としての常識を他の女生徒と話して聞かせたそうです。
「ですが、こちらの意図を全く汲み取る様子がないため、あまりにも不出来で、私たちは気づいて欲しくて口出しをしてしまいました」
頭を抱えるような仕草を見せるミリル子爵令嬢は、当時を思い出して疲れた表情をしておられます。
「こんなこともできないのですか? と言ってしまったかもしれません。ですが、それは
ミリル子爵令嬢の言葉には一理あります。
貴族としてシル男爵令嬢を放置することなく、教えようと動いたことは親切なことです。
しかし、シル男爵令嬢からすれば、余計なお世話であり、自分が理解できないことを言われているので、イジメと受けていると感じたのかもしれませんね。
聡いシル男爵令嬢でも常識にないことは理解できなかったのでしょう。
遠回しな言い方をしたミリル子爵令嬢の伝え方にも問題があったのかもしれません。
この問題はお互いに常識が違うために起きたすれ違いというわけですね。
「入学当時、我々の態度がダレガレ男爵令嬢にはイジメを受けていると感じたことに関して、幼い頃から家庭教師や、両親から教えていただいた言葉を伝えていたつもりでした。時に厳しく、時に優しく、自分たちの行為が間違っていたとは今でも思っていません」
なるほど、イジメとは難しいものです。
殴る蹴るなど暴力行為をしたわけではありません。
今回、シル男爵令嬢が言い放ったイジメられたという言葉に対して、それをした側は教育であり、指導だったと言います。
「シル男爵令嬢が学年を重ねるごとにイジメが酷くなったというのは?」
「それは、一つは三人の殿方と仲良くされていることへの嫌悪だと思います」
「嫌悪ですか? 嫉妬ではなく?」
「はい、嫌悪です。御三方には、婚約者がおられることは入学前からわかっていたことです。ですから、我々はダレガノ男爵令嬢に対して、御三方に近づいてはいけないと伝えました。礼儀を大切にしなさいと、何度も声をかけていました。ですが、彼女は私たちの話を聞かないのです」
『放っておいてください。あなたたちのいうことは聞きません』
「そう言って私たちを突っぱねるようになったのです」
なんとなくわかってきましたね。
確かに、シル男爵令嬢にとってはイジメられていると思っていることは事実です。
年々厳しい口調で忠告をしてくる彼女たちの話に耳を傾けることはなく、優しくしてくれる三人に心酔していったのでしょう。
「私たちは、いい加減にしなさいと怒鳴ったこともあります。ですが、手を挙げたことや、嫌がらせをしたことはありません」
ミリル子爵令嬢の発言に嘘はありません。
貴族社会で生きる者であれば、礼儀を重んじて、ある程度の知識を持つことは当たり前なのです。
言い分も納得できます。
「私はマリアンヌ様の侍女をしております。マリアンヌ様のスケジュールをお供することも多いのです。ですから、マリアンヌ様が、彼女を庇って動かれていたことも知っています」
どうやらシル男爵令嬢の尻拭いを、マリアンヌ侯爵令嬢がしていたようですね。
「ですが、彼女はしてはいけないことをしました。彼女は三人の男性全員とキスをしておりました」
ミリル子爵令嬢の発言に、傍聴席が騒がしくなりました。
「静粛に! 静粛に! 騒ぐ者は退場にしますよ」
私の言葉でも、傍聴席の者たちが落ち着くのに時間がかかりました。
これはまた大変なことになりそうですね。