脅されたという言葉は、過激に聞こえますが、マリアンヌ侯爵令嬢に注意を受けたことと内容は同じなのではないでしょうか?
「つまり、また同じことを繰り返したわけですね?」
「知らなかったのです。グルガ様が貴族様であることを」
「原告人グルガ様、彼女の発言は事実ですか?」
「ああ、俺は伝えていなかった。嫉妬した婚約者が何も知らないシルを罵ったのだ」
拳を打ちつけて、シル男爵令嬢の発言を認める言葉に嘘はないですね。
彼らの証言に対して、嘘偽りがないことは右耳が証明してくれています。
「ふむ。それで? 今度はグルガ様から距離を取ったのですか?」
「はい。ですが、グルガ様から離れたことで、ますますイジメは酷くなりました。一人で、どうすればいいのかわからなくなったのです」
涙を浮かべ、当時を思い出したのか、シル男爵令嬢は体を震えさせておられました。
「だけど、負けたくないって思って、私は一人で勉学に打ち込むことにしました。特に魔法に興味があったため、魔法の練習を一人でしているところにエルディ宮廷魔導士長子息から声をかけていただきました」
第三の男であるエルディ宮廷魔導士長に注目が集まります。
長髪にメガネ姿のイケメンは原告席に黙ったまま座っている。
「エルディ様はクリス様と同じく有名な方です。私も貴族様であることはわかっておりました。ですから、二度も婚約者様に怒られたこともあり。近づかないようにしておりました」
エルディ宮廷魔導士子息が挙手して証言を求めています。
「エルディ様、発言を許可します。どうぞ」
「彼女は魔法の才能があり、放っておくのはもったいないと思い、指導を勝手ながら申し出たのは私の方だ。彼女のいう通り最初は拒否されていて、どうしてだろうと思っていたが、そういう事情があったことを今知った」
シル男爵令嬢は二度の失敗で、貴族社会の生き方を学んだということですね。
男爵家の令嬢としては、入学時の最初の無知さが気になります。
そのせいでイジメを誘発してしまっているように感じます。
「だが、私の婚約者が何を勘違いしたのか、シルと魔法対決をする事件が起きた」
「魔法対決事件ですか? それはまた新たな事案ですね。今度は注意ではなかったのですね」
「ああ、結局シルが勝利したわけだが、婚約者はショックで自宅に引きこもってしまったようだ」
まるで他人事のように話をするエルディ宮廷魔導士子息に違和感を覚えます。
ですが、今回の事件に関与したことなのか不明なため、エルディ様に証言はこれ以上は結構だと手で制しました。
視線をシル男爵令嬢に戻して、質問を投げかけることにしました。
「今回も、婚約者がおられる女性を怒らせたようですが、エルディ様から距離を取ったのでしょうか?」
これまでのシル男爵令嬢の行動を考えれば、黙って距離を取りそうに思いました。
「いいえ。決闘を行ったことで、私がエルディ様に指導を受けていることが広まってしまい、ますますイジメがエスカレートしてしまったのです」
ふむ、つまりはエルディ宮廷魔導士子息の婚約者を擁護する人が多かったのですね。
「エルディ様から離れるとイジメられてしまうので、離れることができず。それでも離れた時にはイジメに遭ってしまい、そんな折にクリス様やグルガ様が助けてくれました」
つまりは、イジメから自分の身を守るために三人の男性に守ってもらっていたというわけですか。
「三人が心配して私に声をかけてくれる回数が増えました。私も彼らの側にいる間は虐められることがなくなり、勉学に励むことができました」
当時のことを思い出したのか、四人が視線を向け合って互いに微笑み合う。
支え合い思いやって行き着いた結果、今の現状があるという事ですね。
「ですが、学園の卒業を控えたパーティーで事件が起きました。私が母の形見として学園に持ってきていたドレスが引き裂かれていたんです」
拳を握りしめて、悔しそうにマリアンヌ侯爵令嬢を睨みつけられました。
「皆さんと一緒にドレスを保管していた部屋の前でマリアンヌ様の姿を見たのです。私は嫌な予感がして、部屋に入ったら」
シル男爵令嬢の証言を証明するために、引き裂かれたドレスが証拠して提示されました。
「なるほど。それに怒りを感じた第二王子様が此度の断罪劇を開催したわけですね」
静粛カードを取り下げて、第二王子様を見る。
「そうだ。私は第二王子という身で国民に対して、彼女を許してはならないと判断したのだ」
彼らの証言に嘘はありません。
「なるほど。原告側の証言は以上でよろしいですか?」
「はい。私は自分の身に起き、今回の断罪に至った経緯を伝えました」
「ありがとうございます。それでは被告側のマリアンヌ・ローレライ・マルチネス様、証言台へ」
「はい!」
背筋を伸ばし毅然とした態度で被告席から立ち上がる。
原告席と、被告席の間に設置された証言台に進む姿は優雅で素晴らしいです。
証言台に立ったマリアンヌ嬢は美しい姿勢を維持したまま頭を下げられました。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。さて、原告が訴えたことに嘘偽りはありませんでした。これに関して反論はありますか?」
「はい。お答えさせていただきます。まず、最後にお話しをされておりました。ドレスを切り裂いたという話ですが、私ではありません」
「嘘です! 私は見たんです!」
マリアンヌ侯爵令嬢の発言は嘘ではありません。
シル男爵令嬢が否定を口にしましたが、マリアンヌ嬢が嘘を言っていないことがわかります。
「シル様。マリアンヌ様が嘘をついていないことは我が身に宿る右耳が証明します」
「……わかりました。勝手な発言をしてしまい失礼しました」
シル男爵令嬢は聡い女性ですね。
私の能力に対して理解をしておられます。
「今回の真実を理解していただくために、ワタクシから証人を指名することは可能ですか?」
「もちろん可能です。ですが、その方々が嘘をついたり、事件と関係ない訴えをした場合は、あなたに下る判決に不利になる可能性もありますが構いませんか?」
「はい! 構いません。ワタクシは二人を友人として信じております」
「わかりました。それではその方々の名前を教えてください」
彼女は傍聴席に座っている人物を目に留めました。
「リリアナ、ミリル。証人として召喚に応じていただけますか?」
マリアンヌ侯爵令嬢の呼びかけに対して、二人の令嬢が立ち上がりました。
「もちろんですわ!」
「わ、私も応じます!」
マリアンヌ侯爵令嬢の呼びかけに応じた二人を被告人席へと召喚します。
召喚された二人の内から、リリアナ伯爵令嬢が証人台へとやってきました。
「それでは名前とマリアンヌ様との関係を教えてください」
「かしこまりました! 私はアディス伯爵家の、リリアナと申します。原告席に座っておられます。グルガ騎士団長子息様の婚約者であります。シル男爵令嬢を諌めた二人目は私です。マリアンヌ様とは普段から、今後のお国のことを考えてお話をさせてもらっている仲にございます」
友人? もしくは婚約者仲間といったところでしょうか? 当事者の一人と言っても良いので、かなり関係の深い人物です。
傍聴席からはザワザワと声が漏れ聞こえてきます。
「皆さん静粛に。静粛に。それではリリアナ様。あなたが知る真実をお話しいただけますか? 嘘は通じないことをご理解された上でお話しください」
「もちろんです! 私がお話しするのは、ダレガノ男爵令嬢の悪意についてです」
「ほう、悪意?」
これまでとは違う論点から発せられる言葉に我が身も興味がそそられます。