久々の三人揃った食卓。机の上に並べられたカレー。お母さんはニコニコしながら尋ねる。
「れん、今日の試合はどうだったの?」
「勝った」
あまりにも淡白な答えに、わたしは慌てて付け足す。
「れん、すごかったんだよ。ずっと点決めっぱなしで、最後もれんがシュート決めて勝ったの」
その時の感動に突き動かされて、語彙が拙くなる。お母さんは目を細めてうんうんと頷く。
「そっか。お母さん運動の方はからっきしだから、鼻が高いよ。それにしても、愛がれんの試合見に行くなんて、珍しいね」
お母さんは首を傾げる。わたしが何か適当な言葉を繕おうとすると、
「わたしが、見てほしかったから」
れんはそう言い切って、何事もなかったかのように、カレーを頬張る。その言葉に、意味もなく頬が熱くなった。
「あなたたち、なんか最近やけに仲良いわね。れんの反抗期はどこいったの」
「反抗期だったことなんて、ない」
「......まあ、れんは昔からお姉ちゃんにべったりだったし、元に戻っただけかもね」
お母さんは半分呆れながら、けれど嬉しそうに笑った。
その言葉になぜか罪悪感が募った。
「今日の試合、どうだった?」
「凄かった......かっこよかったよ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
「......じゃあ、ご褒美ちょうだい?」
一日がゆっくりと帷を降ろし始める夜。れんは当たり前のようにわたしの部屋を訪ねてきた。そして、ベッドの上、わたしの隣に腰掛け、いつもの無表情でそんなことを言う。
「ご褒美?」
「うん。今日は、お姉ちゃんのために頑張ったから」
れんは抑揚のない声で、さらっと告げる。れんの声色とは対照的に鼓動が弾む。
「じゃあ......」
わたしは遠慮がちに、れんの頭を撫でる。
「れんはえらいねぇ。今日は本当にカッコよかったよ」
昔したみたいに、あやすような口調。それでも、れんは満更でもなさそうに、身体をこちらに預けて目を瞑っている。そんな仕草は洗練された見た目とは裏腹に幼なげで、とても今日の試合中の様子からは想像ができない。
「頑張った。お姉ちゃんに、私だけ見てほしかったから」
こんな甘い言葉も、想像できない。わたしは必死に、お姉ちゃんとしての体裁を保つように、頭を撫でる。
「凄すぎて、れんしか見えなかったよ。本当に、わたしの妹なのが信じられないくらい」
そう、本当に信じられないくらい。わたしなんかに甘えてくれることが信じられないくらい、れんは輝いていて。
こんなれんの一面を見るのがこれから先もずっと、わたしだけだったらいいのに、と思う。わたし以外の誰かに甘えるれんを想像すると心にヒビが走った。
今日、スタンドからコートを眺めて感じたれんとの距離を埋めるように、れんを独り占めしたくなる。それから、そんな良い子じゃないわたしを必死に頭から追い出す。わたしはれんを守りたいのであって、れんが未来のために頑張る邪魔をしたいわけじゃない。れんが身を休めるための居場所でいたいのであって、縛り付ける枷でいたいわけじゃない。
頭を撫でるたび手のひらに触れる、お風呂上がりで湿った髪の柔らかな感触。そこから生じるものが正しい軌跡を描くように、頭の中で格闘していた。すると、
「もっと、ご褒美」
れんがこちらをまっすぐ見つめて告げる。
「もっと?」
「うん。今日は頑張ったから。もっと」
そう言って、れんは両腕を広げる。
実質的に、一つとなった選択肢を、そっと掬い上げるように、わたしはれんを抱きしめた。
暖かな体温が、触れた。
「れんは、本当にえらいねぇ」
絞り出した声が震える。れんがわたしを求めて、体温と体温が触れる。そのことに、わたしの方がご褒美をもらった気分になる。
れんがわたしのそばにいるという、昔は当たり前だった日常が、離れて、またこうして繋がって。
元に戻っただけのはずなのに、様々なものが違ってしまっていた。昔は小さかったれんの体格が今ではわたしを包んでいて、無邪気な笑顔は氷のベールに包まれて、泣いてばかりだったのが、今ではみんなの注目を一身に集めるくらい輝いて。
「うれしい」
相変わらずの平坦な口調。けれど、その純朴な言葉は昔そのままで。
そう。どれだけ容姿が洗練されても、凄くなっても、れんはれんのままだ。わたしの、たった一人の、かわいい妹だ。
だから、こんな鼓動は止めなければと思う。昔の、純粋な愛しさに溢れていたわたしに戻らなければと思う。
「ねえ、お姉ちゃん」
なのに、れんの甘美な囁きが、それを許してくれない。
「これ以上、"もっと"って言ったら、どうなるの?」