「あんた、嘘でしょ」
ショッピングモールの入り口すぐ横のスペース。待ち合わせ場所に現れた島本さんを見て、私は絶句する。
島本さんは高身長を誇示するように、意気揚々と歩いてきた。サングラス姿で。
「会って早々なによ」
「あー、割と本気で近づかないでほしいかも。私まで不審者に思われたくないし」
「不審者って……顔がばれないためにはこういうのも必要でしょ? 何てったて今日は尾行するんだから」
「顔以前にその図体とサングラスで目立ちまくってばれるわ!」
私は頭を抱える。何度か話して分かったけど、島本さんは几帳面な顔してかなり、その、ポンコツだ。
「な、そんなことないし」
「いいから外せ!」
「ちょっと、せっかく買ったのに」
問答無用でサングラスを取り上げる。すると、目の前にぶすっと不機嫌そうな島本さんの顔が現れた。
「完璧な変装だったのに」
島本さんはまだぶつくさと文句を言っている。
私は頭痛の気配がして、こめかみに手を当てた。
前途多難な休日のスタートだった。
「ホットコーヒーがお二つでございます」
「ありがとうございます」
カップに注がれたコーヒーは、湯気を立てている。
お昼時のカフェ、なんとか愛たちの死角の席を確保した私たちは、じっと遠くの机の様子を窺う。
「なんで手なんて繋いでるのよ……!」
私の目の前に座る誰かさんは、窺う、どころか視線で刺し殺すぐらいの勢いで呟く。運ばれてきたコーヒーには目もくれないで。
私はそんな島本さんを見ながらカップを持ち上げる。
「ちょっと、あんたはあれを見て何も思わないわけ?」
息を吹きかけて、熱々のコーヒーを慎重に啜っていると、島本さんが悔しさのにじんだ声で尋ねてくる。そういえば、私は愛に片想いをしている設定だった。
「いやー、公衆の面前で堂々と、実にけしからんよね。許せんわよ」
私はカップをテーブルに置いて、適当に取り繕う。少し雑過ぎたか? と心配していると
「そうよね、まったく」
目の前のお方は満足げにうんうんと頷く。なんか、愛すべき馬鹿って感じだ。うん。
恋って人をダメにするんだなぁ、恐ろしい。
けれど、確かに私が想像していたよりも愛と妹ちゃんの距離は近くて少しだけ面食らう自分がいたのも事実だった。当たり前のように、手を繋いでいて。最近仲良くなったとは聞いていたけどまさか、ここまでとは。
少し照れながら、手を重ねる二人は、たまに本当の恋人に見えて、ドキッとする。
私が内心で憐憫やら驚きに苛まれていると、あちらに動きがあった。
店員さんが愛たちのテーブルに来て、やけに大きなパフェを置いて去っていく。
あれは確か。私はテーブルに置かれたメニュー表に視線を落とす。
「ああ、そういうこと」
「どういうことよ」
「朗報なんだけど、あれ、カップル限定パフェだよ」
「それのどこが朗報なのよ」
「だから、あのパフェを食べるために川井姉妹はわざとカップルのフリをしているってこと」
「なるほど!」
島本さんの顔がパッと輝く。それから、即座に曇る。
「けど、あれはやりすぎじゃない……?」
見ると、愛と妹ちゃんは交互にパフェを食べさせあっていた。
「たしかに……」
まあ、妹ちゃんが不器用なのは愛の話づてでも何となく察せられるから、ブレーキがぶっ壊れてるだけなんだろう、多分。
私はそんな風に自分を納得させて、空気を和らげるため、目の前の島本さんに尋ねる。
「私たちもカップル限定パフェ頼む?」
「結構よ!」
割とガチ目のトーンで一蹴された。
そこからずっと島本さんは、妹ちゃんの方を見つめていた。カップの中、彼女の目の前に置かれたコーヒーはすっかり冷めきっていた。
「ちょっと、なんであの二人はずっと手を繋いでいるわけ……?」
「私に訊かれても……」
島本さんはカリカリしっぱなしだ。私はそんな彼女を宥めながら、密かに困惑する。
あれって、姉妹の距離感なのか? 固く結ばれた手は恋人繋ぎで、身長差も相まって本当のカップルにしか見えない。
「島本さん、この前お姉ちゃんがいるって言ってたよね」
「言ったけど、それが?」
「いや、私は一人っ子だからよく知らないんだけど、姉妹ってみんなあんな感じの距離感なのかなと思って」
「そんなわけないじゃない。私だってお姉ちゃんには何かと相談に乗ってもらったり、仲が悪いわけじゃないけど、あんなベタベタはしないわよ」
だから、問題なの。
そう、島本さんは呟く。
妹ちゃんが本当は愛のことが大好きで素直になれていないっていうのは、愛の話から容易に想像ができた。けれど、何か私が考えていたのと大好きのベクトルが違うような……
私は以前島本さんとした会話を思い出す。
『妹ちゃんの愛への感情は、確かに妹が姉に向けるにしては大きすぎるかもしれないけど、あなたの恋を妨げるようなものではないでしょう……』
『あんた、何も分かってないのね』
いや、そんなまさか。自分に言い聞かせる。第一、当の愛が妹ちゃんに対して姉としての感情以外を向けている素振りは感じられないし、そんなこと、あり得ないだろう。本当に、BL小説の読みすぎかもしれない。私は自戒も込めて頭に浮かんだ推察、もとい妄想をかき消す。
愛と妹ちゃんはそんな私の妄想の上で綱渡りをする様にカフェを出てから、ゲーセンを歩き、プリクラ機に吸い込まれるまでずっと手を繋いでいた。
プリクラ機の中の様子までは、覗くことができない。ただ、暗幕の下、不揃いな愛と妹ちゃんの足が、時折やけに近くなるのだけ気になった。一体どんな写真を撮っているというのか。
私は気分を紛らわせるために、歯ぎしりをしている島本さんに声をかける。
「私たちも手、繋ぐ?」
「繋ぐわけないでしょ。さっきから何よ」
「別にー」
「まさかあんた、お姉さんが無理そうだから、私に鞍替えを……?」
「違うわ!」
「ごめんだけど、わたしはれん一筋だから……」
「違うって! 人の話を聞け!」
そんな風にじゃれているうち、あの二人がプリ機から出てくる。筐体横で熱心に落書きを楽しんだ後、プリクラを取り出し、ハサミで切り分けて、また、歩き始める。
当たり前のように手を繋いで。
「ちっ」
横から舌打ちが飛んでくる。治安が悪い。怖い。
けれど、気持ちは少しだけ分かった。想定していた以上に糖分過多な二人のやり取りに、なんだか胸やけしそうになってくる。もやもやと胸の奥に溜まっていくものがあった。
周りに砂糖をまき散らしながら歩く姉妹は、ゲーセンを抜け、少し歩いて近くの本屋へと滑り込んだ。入り口すぐ近くの、文庫本コーナー。
私たちはばれないように大回りで、隅っこの人気の少ないコーナーの一角に身を隠す。
意図せず、そこはBL小説の棚だった。地元のショッピングモールにしては充実した品揃え。総持先生の本も、もちろん並んでいる。
私は思わず、そちらに視線を奪われた。すると、なぜか島本さんも私と同じ方を見ている。
それから、一言呟く。
「あ、これお姉ちゃんの本だ」
「……え?」
「だから、この『総持 寺子』って人、私のお姉ちゃん」
島本さんが愛に対して取った突飛な行動。
私がそんな島本さんの思惑をいち早く看破できた理由。
それは、一連の流れが総持先生の新刊、兄弟物三角関係BL小説の展開と似ていたから。
点と点が繋がって一本の線になった。そして、その繋がった線ごと、衝撃で吹き飛ばされた。