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第31話 オソロイ

「本屋さん寄ってもいい?」

「いいよ」


 ゲーセンから抜け出して、少し歩いた先で、見慣れた空間を発見して、わたしはれんに許可を取ってそちらへと足を進める。


 さりげなく手が交換条件のように再び繋がれた。それだけで少し心臓が高鳴ったけど、なんてことないふりをして、本が立ち並んだスペースへと入る。


 本屋って、特に買いたい本があるわけじゃなくても、見かけたらついつい足をのばしてしまう。なんなら、背表紙のタイトルを眺めて面白そうな本を見繕うだけで一、二時間は余裕でつぶせてしまう。今日はれんがいるから気を付けないと。なんて思いながら文庫本のコーナーをいつもより早足で見て回る。


 あ、気になってた単行本が文庫化してる。


 わたしはカバンを脇に抱えて、繋がれていないほうの手で本を取り出し、裏に書かれたあらすじを目で追う。やっぱり面白そうだ。一瞬で購入を決める。


「お姉ちゃんって、本好きだよね」

「うん。文芸部だしね」


 といってももう一人の部員は、れんにはとても見せられない本しか読んでないけど。そんな風に心の中で苦笑する。


「なにか、オススメとかある?」

「えー! れんも本読んでくれるの?」


 れんはコクリと頷く。自分の好きな物に興味を持ってもらえるのは嬉しい。それに友香ちゃんとわたしじゃ、本のジャンルがまるっきり違うから、誰かに自分の好きな作品をオススメできるというのも嬉しい。


「なにか、読みたいジャンルとかある」

「……恋愛系かな」

「恋愛系かぁ」


 ちょっと予想外の指定が来た。それでもわたしは棚を一通り見渡して


「この作家さんの本はどれも面白いよ」

「じゃあ、これにする」


 そう言ってれんは一冊の本を手に取る。


「あーそれ。凄い評判良くて気になってたんだけど、わたしもまだ読めてないから読み終わったら貸して?」

「わかった。お姉ちゃんの持ってる本でもオススメあったら、今度読ませて。」

 そう言ってれんはレジの方へと歩いていく。


 わたしはれんと本の貸し借りができるということが嬉しくて、ニコニコしながらその後を追っかけた。弾む心のまま、さっきまで繋いでたのに今繋がないのもおかしいか、なんて言い訳をして、今度はわたしの方から手を繋いだ。





 相変わらず繋がれた手。それにも、もう慣れた。高鳴り続けてうるさい鼓動も含めて、慣れた。


 時刻はもうすぐ夕方で、もうそろそろ家に帰る時間かな、と考えていると、れんがふと足を止める。


 目の前には、雑貨屋さん。れんの視線の先にはアクセサリーが並んでいる。


「これ、かわいい」


 れんはそう言って黒色のレースがあしらわれたシュシュを手に取る。


「いいじゃん! 絶対れんに似合うよ」


 わたしはそう告げる。実際、大人っぽさと可愛さが同居した黒色のシュシュはれんにぴったりな気がした。


 しかし、れんは首を横に振った。


「かわいい、から、お姉ちゃんに着けてほしい」

「え?」


 れんはわたしの手首にシュシュを付ける。


「ほら、似合う」


 満足げに、うんうんと頷く。


「そ、そうかな」


 確かに、真っ白なワンピースに黒色のシュシュのコントラストは綺麗で可愛らしい。けれど、わたしがその魅力を完全に引き出せているかと言われると微妙で、自信なさげに首をかしげる。れんは、そんなわたしに言い含めるように、再び呟く。


「かわいい、よ」


 そう言って、平然とした顔でわたしの頭を撫でる。背の高さも相まって、まるでれんの方がお姉ちゃんみたいな。


 わたしはお株を奪われたような気分で、簡単に高鳴る鼓動も含めて悔しく、それらを誤魔化すように、れんから目線を外す。そして、逸らした視線の先にあったものが目に留まり、それを手に取る。


「れんも、これ似合うんじゃない?」


 そう言って、先ほどのやり取りをやり返すように、れんの手首に白色の、わたしのとは色違いのシュシュを付ける。


「ほら、かわいい」


 そう言って、れんの頭を撫でる……撫でようとする。立った状態だと、れんの頭は遠くて、必死につま先で背伸びをする。それでもぎりぎり届かない。


 すると、見かねたれんが、少しかがんで、正面から、わたしの顔を見つめる。

 無事にれんの頭を撫でることができたけど、それよりも、顔が近い。見つめあうような体勢になる。れんの瞳の輝きや、まつげの長さ、薄い唇まで、全てが視界に収まる。その瞬きまでもが美しくて。


「おそろい、うれしい」

「そ、そうだね」


 無邪気に、微笑むように、れんは告げる。実際は無表情だけど、声色と揺れる瞳が感情を伝える。


 これ以上これが続くと、心臓がもたない。


「じゃあ、レジ、行こうか」


 わたしはそう言って、逃げるように歩き出す。


 なんだか最後に負けた気がした。

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