「私、大きくなったらお姉ちゃんと結婚する!」
やけに懐かしい響き。はるか遠くの記憶が網膜の裏側を撫でる。
例えば近所の公園、小学校のグラウンド、商店街、あらゆる場所にれんは着いてきた。
「本当に、れんちゃんはお姉ちゃんが大好きねぇ」
学校の先生や商店街のおばちゃんたち、みんな口をそろえてそう言う。
そんな言葉を聞くたびに誇らしい気持ちになった。わたしにくっついて離れようとしない妹が、かわいくて仕方なかった。兄弟姉妹のいるクラスメイトが不満を漏らすのをしばしば耳にしたが、その気持ちが分からなかった。
だって、自分の後ろをちょこちょこと付いてきて、隙あらば手を繋ごうとしてくる一つ年下の小さな妹、かわいくないわけがない。
固く繋いだ手、柔らかな体温、それがほどける未来なんて当時は少しも想像していなかった。いつまでもわたしたちは仲睦まじい姉妹でいるのだと思っていた。
ジリジリジリ
現実に引き戻すように携帯のアラームが鳴る。
わたしはゆっくりと目を開く。あくび混じりの大きな伸びをする。それから時刻を確認して、二度寝の誘惑を断ち切るようにベッドから飛び起きた。
自分の部屋を出て、ぼんやりとした頭でふらふらと洗面所へ向かう。すると、さっきまで夢の中で見ていた顔が目の前に現れた。
「れん、おはよう」
夢の中よりもはるかに高い位置にある顔をめがけて挨拶を投げる。しかし、返答はなかった。れんはプイと顔を背けて、わたしの傍を通り過ぎ、二階の自分の部屋へと戻っていった。
れんは変わった。まずは、背が大きくなった。姉という肩書をあざ笑うように、わたしの背丈を追い抜いた。そしてそれに呼応するように顔も美人さんになった。お揃いにしていたロングヘアをバッサリと切って、冷ややかな雰囲気を放つようになった。
そして、雰囲気だけでなく性格も。昔はあんなにベッタリと甘えてきたのに今では口もきいてくれない。いつから、こうなったか、詳しくは覚えていない。恐らく、れんが中学生になったくらいからだったと思う。すこしずつ、れんはわたしと距離を取るようになった。
以前は、同じ部屋で、夜も一緒のベッドで寝ていたのに。自分の部屋が欲しいと言い出して、昔、父が使っていた部屋へと引っ越していった。
わたしがいないとどこにも行けなくて、登下校はもちろん、小学校の休み時間でさえ、毎回わたしのところに来ていたのに。わたしが一足先に小学校を卒業する時は泣いて駄々をこねていたのに。
それが中学校では一転、文芸部のわたしとは対照的にバスケ部に入って、市の選抜に選ばれるくらいに上達した。全校集会で表彰を受ける姿を何度も目にした。朝練の影響で登下校が被ることはまず無くて、学校で声をかけても素知らぬ顔。わたしが一足先に中学校を卒業する時も涙一つ見せなかった。
同じ高校に通うようになった今でもそれは変わらずで、先ほども寝間着のわたしとは対照的に制服姿だった。これから朝練に向かうのだろう。
姉としては、立派に成長した妹の姿が誇らしい一方で少し寂しい。本当は姉離れを喜ぶべきなのだろうが、わたしが妹離れできていなかった。だって、いくら背丈が変わっても、性格がしっかりしても、わたしの中ではことあるごとに「お姉ちゃん」と泣きついてきたあの頃の妹の延長線上の姿だ。そこまでべったりじゃなくてもいいから、せめて言葉くらいは交わしてほしいと思う。
こういうの、シスコンっていうのだろうか?
そんなことを考えながらノロノロと朝の支度を進めた。