俺はとある運送会社で働いている。
俺は勤務開始時刻の一時間前である午前六時には出社して、待機所で新聞を読みながら、タバコと缶コーヒーで一服するのが習慣になっていた。勤務開始一時間前だと、処理班の社員を除いて社内に人は少なく結構落ち着けるのだ。
「雑居ビルでの爆弾テロに、修学旅行生のバス炎上……無謀運転のトラック事故多発、か」
新聞の一面には昨日起きた爆弾テロ事件が掲載されていて、その他にも様々な事故の話題が紙面を飾っていた。
「よう、今日も早いな」
「おや、主任も今日は早いですね」
「今日は午前八時からの仕事だからな。早番は朝が辛くてなぁ」
そう言いながら、主任は俺の隣に腰を下ろした。
「面白いニュースはあったか?」
「主任もテレビで見たでしょ、ビル爆破事件。うちに来てる新聞はみんな一面で扱ってますよ」
「だろうなぁ……。そうだ、知ってるか。あの爆破事件、うちの親会社の不動産事業部が一枚噛んでるらしいぞ」
「本当ですか、どれどれ……」
俺は新聞をもう一度読み直してみた。死者が98名、行方不明が1名。
なるほど、確かにうちのグループが噛んでそうな事件だ。
「不動産事業部のように荒っぽい仕事だと、時に死亡者という形で巻き添えを作ったりするよなぁ……」
「そうですねぇ……もうちょっと何とかならなかったんですかねぇ。事故のわりには行方不明が少なすぎる」
「だろう、行方不明1人だからなぁ……そもそも、ビルを爆破する必然性があったのかもわからんが。ま、不動産事業部の仕事にしては小さいほうだ」
主任はタバコを一服つけ始めた。俺も二本目の煙草に火をつけた。
「ですねぇ……昔は小学校を一棟まるまる消し飛ばしちゃったんでしたっけ」
「そうだな、あれも結構大変な案件だったらしいな」
俺が生まれる前に話題になった、小学校の校舎が一棟消し飛んだ事件。
その事件での行方不明者は全校生徒862人。その人数は不動産事業部が始まって以来最大ともいえた。とある大御所の依頼であり、名人芸とも呼ばれる事件だった。
「そう考えると、運輸部の貨物運送課ってのは小さいもんですねぇ」
「そうでもないぞ。それ、三面に載ってるバス事件もうちの運輸部の乗合事業課だ」
俺はまた新聞を読みなおした。バス炎上により運転手が死亡。乗っていた修学旅行生38名が行方不明となっている。
「38人もですか……これ収拾つくのかなあ」
「わからん、依頼主は何とかするそうだが、どうなるもんかねぇ」
「運転手が死亡ってのがひどい。俺たちをなんだと思ってるんですかね」
「必然性があったんだろう。生徒だけ行方不明にしないと辻褄が合わないんだろうさ」
「ですかねぇ……その点もうちょっと考えてほしいですけどねぇ」
主任は大きく煙を吐きながら言った。
「まぁ、運輸部は花形じゃないか。鉄道事業課にしろ、乗合事業課にしろ……定番ともいえるしな」
「そうですね、確かに定番ですけど……もうちょっと何とかならないのか、って気もしますけど」
「そう言うな。定番だからこそ依頼が多いのは運輸部の我々貨物運送課だよ。それになにより俺たち自身はほぼ安全だ。それが第一じゃないか」
主任は大きく伸びをした。俺も吸いさしのタバコを灰皿にねじ込んだ。
「そうですね、巻き添えで死なないだけでもありがたい話ですし」
「さ、そろそろ朝礼だ。朝礼が終わったら俺は朝一で行かなきゃならないな」
「朝の通学路ですね」
「ああ、お前の今日の予定はどうなってる」
「俺は夕方に商店街を突っ切る予定です。まだ時間がちょっとありますね」
俺と主任は待機所をでて事務所に向かった。三々五々出勤してきたほかの社員たちも集まって課長の号令を待っていた。
課長の声が響き渡る。
「えー、皆さんもご存じの通り。昨日の爆破事件は、わがグループの大きな仕事であります」
「が、しかし。我々貨物運送課が、お客様のご依頼の大多数を占めていることは、間違いのないことであります」
「依頼主のご期待に沿うために、今日も一日全力を尽くしてください」
「また、毎日のことですが、処理課の方への連絡は適切に行ってください……では社訓唱和!」
課長の声を先導にして、俺たちは社訓を読み始めた。
「前見ず横見て危険と共に」
『危険と共に!』
「交通ルールを遵守せず」
『遵守せず!』
「今日も一日不安全に」
『不安全に!』
「主任も気をつけて」
「じゃ行ってくるぞ」
そういって主任は4トントラックに乗り込んだ。これから主任は依頼の通りに、男子高生を一人撥ね飛ばしに行くらしい。
午後も近づいてきたので、おれは、配られた運行表を読み込んだ。この仕事は運行表通りに行うことが肝要だからだ。
「なになに、富士見町さつき商店街を蛇行し、女子大生を一人……か、蛇行してってのがきついな。他に巻き添えがないってのが唯一の救いだけど、子犬を直前でよけなきゃいけないんだな……」
今回の依頼は描写が細かい。俺にも一応の見せ場があるらしいので、俺はきちんと台詞まで頭に叩き込んだ。
「よし行くか」
俺は軽トラックに乗り込んだ。
夕方の買い物客でごった返す商店街。
俺は依頼の通りに、前見ず、横見て、蛇行して、飛び出してきた子犬を避け、目標の女子大生だけを撥ね飛ばした。
そして、サイドブレーキを引き、運転席から慌てたように飛び降りた。
「わぁ、なんてことだ。君、起きてくれ」
俺は女子大生の頬を何度も叩いた。
「ああ、大変なことをしてしまった」
遠くからパトカーと救急車のサイレンの音が聞こえてくる。
その音を聞きながら、女子大生は子犬を救った満足げな笑みを浮かべ、うっすらと消えていった。
「おい、君!……いったい何が起きたんだ……?」
俺は狐に摘まれたように目を大きく見開いてみせた。
セリフも一言一句間違えず、俺は依頼をこなした。
俺が務めている会社『転生興業株式会社』の仕事は、異世界転生者を確実に異世界転生させ、いかに現世から行方不明にさせるのかという仕事である。
俺たちの依頼主は、作家、漫画家やそれらの編集者…など様々であった。異世界転生の方法が多様化するにつれ、鉄道、飛行機、不動産……その他諸々の事業に手を広げていて、今や一大グループ企業として名を馳せている。
処理課のスタッフが駆けつけて、行方不明者の痕跡を消してくれた。
「お疲れさまです。警察のほうは処理課で承りますので、運輸課の方は事務所にお戻りください」
「じゃ、よろしくお願いします」
事務所に帰って、明日の運行表の確認をせねばならない。別の世界では新しい物語が始まっているだろうが、俺には毎日新しい仕事が待っている。
そう、仕事はいくらでも新規で飛び込んでくる。
異世界転生者が無くならない限り、また『転生興業株式会社』も無くならないのだから。